ALL STAR3内『第2回マキシムトマト収穫祭』(2015.08.30)
 小説『ぼくのわたしのうすいほん2』(病葉 侍罹)


・フームが少しだけ腐女子化しています。


     ★前回までのあらすじ★
ププビレッジで流行っているものを、全て把握しないと気が済まないデデデは、ある日カスタマーサービスにある本を大量に注文した。
その本とは、なんと巷で同人誌と呼ばれている薄い本だった!
殆どはカービィとメタナイトが描かれた本だったが、デデデとエスカルゴンが表紙の本も紛れていた。
それを見たフームは、同人誌が何故売れてしまうのか、こんな二人が表紙の本が何故人気があるのかを研究するために、彼らが表紙の本を読み、そして自ら筆を執ってしまったのだった……。


「みんな、よく来てくれたわ」

デデデ城の、数ある部屋のひとつで、フームは話し始めた。頭にベレー帽を乗せて。
みんな、と括られて呼ばれたププビレッジの女性陣は、これから何をするのか、全く聞かされていなかった。ちょっと手伝ってほしい、とだけ言われ城に集められたのだ。フームに限って珍しい、と彼女たちは思う。
フームは教卓のように置かれた中央の机に手をついて、真剣な顔をして、その理由を明かした。

「今日みんなを呼んだのは他でもない……同人誌の製作を手伝ってほしいからなの」

女性たちは顔を見合わせた。
同人誌。少し前からププビレッジで流行っているあの薄い本のことか。つまり漫画や小説の本を作るということだ。

「手伝うって、何をすればいいの?」

ハニーが手を上げて尋ねる。いつも一緒にいるイローとホッヘは男子禁制のこの部屋にはいなかった。

「今回は漫画本作りを手伝ってほしいの。といっても、下描きは私が描いたから、みんなには私と手分けして残りの工程を仕上げてほしいのよ」
「残りのコウテイって、なあに?」
「ハニーには難しいかもしれないけど……ペン入れとか、ベタ塗りとか、トーン貼りとかのことよ」

フームは実際に作業に使う道具を見せた。使用する紙、ペン先、インク、柄の入った薄いシールなどがそれぞれ複数ある。

「私たち、漫画を描くのね!」
「そういうこと!」

ハニーはパッと顔を輝かせた。漫画なら『魔法使いのお届物屋さん』のアニメ絵本を読んだことがある。きっとあれと似たようなものだろう。
娘の様子を見ていたハニーの母は、アニメ絵本を思い出して、前に行われたアニメ製作について思い出した。

「漫画ってアニメ作りと似ているのだとしたら……大変じゃないかしら」

聞けば、あの時の村の住人たちは、好きでやっている連中ということで殆どタダに近い仕事をさせられて酷い目に遭ったという。
しかし実際にアニメ作りを経験したサトが、大丈夫よ、と彼女を安心させる。

「今回の漫画はフーム様が考えたのよ、アニメの時とは違うわ」
「そうね。フーム様なら変なことは起きないわね。じゃあ、私、手伝います!」

ハニーの母が、手伝う、と手を挙げたのに反応して漫画製作を信用したのか、女性たちは次々に、手伝う、と言って手を挙げた。
フームは女性たちに深く感謝をすると、既に下描きをした紙を配っていった。作業の仕方についての説明をすると、すぐに取り掛からせる。

「ぽよ!」

フームがペン入れをしていると、カービィが足元にやってきた。

「あらカービィ、カービィも漫画を作りたいの?」
「ぱゆぅ!」
「カービィなら、まだ内容も分からないでしょうし……まあ良いわね。簡単なベタ塗りをお願いしようかしら」

フームはできるだけベタの範囲が広いペン入れ済みの紙を渡して、自分の傍でカービィに筆を持たせた。アニメ製作の時よりうまく塗れている。
フームが、上手よ、とカービィを褒めていると、カービィをこの部屋に連れてきたであろうブンが部屋の扉から姿を現した。

「ブン、今日から明日の朝まで、この部屋は男子禁制って書いてあったでしょ。貼紙を見ていないの?」
「男子禁制にしなきゃいけない漫画作りってなんなんだよ」
「そ、それは……」

ブンの追求にフームは目を反らす。ブンは歯切れの悪さに気付いて、うへぇ、と呆れた声を上げた。

「この前言ってた、デデデとエスカルゴンの本か……。姉ちゃんも悪趣味だなぁ」
「ち、違うわよ!私はこの同人誌を通して、どうしてあんな彼らが同人誌で人気があるのか、どうして売り上げが伸びるのか、表現の自由と資本主義経済について勉強したかっただけ!」
「よく言うよ、みんなにここまで手伝わせておいてさぁ」
「とっ、とにかく今回の漫画はブンが読んでいいものじゃないの!わかったら外で遊んできなさい!」

この本はあくまでも女性向けなのよ、とフームはわかっているのかわかっていないのか曖昧な理由でブンを部屋から追い出した。せいぜい極道入稿にならないように気をつけろよ、とブンは部屋を出て行く。
フームは時計を見て、はっとした。そして製作の進行状況を確認する。

「ま、まずいわ、アニメの時よりずっと少ない作業数とはいえ、私もみんなも素人だってこと忘れてた……。これは徹夜しないと、イベントに間に合わない……」

フームの想像より女性たちの作業は遅かった。同人誌の製作は素人からはじまるものだが、ここに座ってペン入れをしている女性たちは漫画を読んだことがない者もいたのだ。
無駄口を叩いている暇はない、とフームは再び机に向かった。なんとかして頒布当日までに間に合わせないと。その一心で、黙々とペン入れに没頭した。
翌朝、城の印刷室は騒がしかった。新聞を刷るために使われたきり埃を被っていた印刷機は、まさか次に印刷する本が同人誌とは思わなかっただろう。
印刷された紙を手作業で製本していく。徹夜明けの疲れからか、一人倒れ、二人倒れ、と次々に村の女性たちは倒れていった。皆、顔にクマを作りながら、印刷室の床ですやすやと眠っていた。カービィは夜になった時点で既に眠りについていたが。
一人残されたフームは、最後の本を製本し終わると、声を上げた。

「やっと、やっと完成したわ!私が描いた、はじめての本、デデデとエスカルゴンの同人誌!」

フームはクマを作った目から嬉し涙を流して本を掲げた。電灯に照らされて、眩しいほどに光を反射するクリアPP加工表紙。事前に予約していた印刷会社へのギリギリでの入稿を防ぐため、自宅でコピー本として製本したのだ。全て手作りなので多少のミスはある。しかし愛と時間を注ぎ込んだ一冊だった。
フームはパラパラと中身を捲る。自分の手と、皆の手とで協力して作られた漫画が、中で動いている。彼らのあんな姿やこんな姿を詰め込みに詰め込んだものだ。

「これが同人誌を作るという気持ち、たしかにヤミツキになりそうね!でも、まだ私の研究は終わったわけじゃないわ。実際に同人誌即売会に参加して、頒布するんですもの。ここからが本当の戦いよ!」

フームは本をぎゅっと抱きしめると、来たる週末への戦いへ想いを馳せた。今からわくわくしていた。しかし、それを自覚した途端、急に眠気が襲ってきた。

「うう……徹夜明けは流石に眠いわ。こんなところで眠るのは良くないけれど、おやすみなさい……」

フームは床に倒れ込んだ。ベレー帽も共に床に落ちる。寝入ってしまった彼女の傍に、ベレー帽がころころと転がって、倒れた。床の付近には、何かのガスが滞留していたのだった。
そして、印刷室に何者かが二人、足を踏み入れた。

「フーム、ご苦労様でゲした」

彼らはガスマスクを取る。本の表紙にされた張本人、デデデとエスカルゴンだった。
エスカルゴンはニヤニヤ笑いを浮かべながら、ガスの効き目を喜んだ。

「今回開発した『ダレデモウスイホンツクリタクナール』ガスの効果は抜群のようでゲスな。陛下の予想通り、数日前から少しずつガスを吸い込んでいたフームは、本を作り遂げたようでゲスよ」
「でぇっははは!うまくいったゾイ!」
「これを週末開催する同人誌即売会で売れば」
「大繁盛ゾイ」

デデデとエスカルゴンはゲラゲラ笑った。自分たちやワドルディに描かせても画伯というレッテルが付けられるだけなので、絵を上手く描くことができるフームに同人誌作りを丸投げしたのだった。タダ働きで描かせた本を売れば、売れた分だけ金になる。良い商売だった。

「さて、サンプルとして読んでみるゾイ」
「えっ、今読むの」
「据え膳ゾイ」

デデデが製本された本を読む。漫画であるため、文字が読めないデデデでも内容を大まかに理解することができるようだった。
エスカルゴンは嫌な予感と身の危険を感じて後ずさりした。デデデが本に夢中になっている内に逃げ出すつもりだった。

「エスカルゴン」
「うゲっ!な……なんでございましょう陛下」
「フームは素晴らしいマンガを描いてくれたゾイ。フームを操るガスを作ったお前にも褒美をやりたいゾイ。せっかくだからこの本を、一緒に読めぇええ!」
「ひぎぇええええええええ!」





本を持ったデデデが部屋を飛び出したエスカルゴンを追いかけて行ったのを見て、ブンは印刷室に入った。彼らがいない今なら、印刷室の様子を調べることができるだろう。
ブンは部屋に入るなり驚いた。村の女性たちが軒並み床に転がって眠っていたのだ。その傍ではフームも倒れていた。なおカービィは寝袋に入って涎を垂らして眠っていた。

「うわぁ、みんな徹夜してたんだ。カービィは……してないな」

ブンは、製本され積み重なった同人誌を、一冊手に取った。

「すっげぇキモいデザインだな」

表紙に描かれたデデデとエスカルゴンを見て、正直な感想を述べる。妙に上手いのが姉らしいというか、なんというか。アニメのキャラクターデザインと作画監督を兼ねただけのことはあった。
ブンは気乗りがしなかったが、姉がここまで本気で製作に取り組んだ漫画を読みたかったので、最初の数ページだけ、と本を開いた。

「うえぇ、気持ち悪い…………あれ……でも結構これ……おもしろいぞ?」

ブンは次々にページを捲っていった。奥付まで読みきってしまうと、ブンはパタンと本を閉じた。

「ち、違う、俺はこういう趣味なんじゃなくて、ただ漫画がおもしろかっただけさ。姉ちゃんが描いたシナリオが、おもしろかっただけなんだよ。そうに決まってる」

大きな独り言を呟く。彼は自分がその手の趣味ではないことを自覚したかったのだ。ただ漫画がおもしろかっただけだ。そう自分に言い聞かせた。
ブンは、週末の即売会の開催時間はいつだっけ、取り置きできるかな、と気になった思考を振り払うため、走って部屋を出た。部屋にはまだガスが充満していた。


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