ALL STAR4内『第3回マキシムトマト収穫祭』(2016.09.04)
 小説『ぼくのわたしのうすいほん3』(病葉 侍罹)


・フームが少しだけ腐女子化しています。


     ★前回までのあらすじ★
数日後、フームは村の女性たちを集め、漫画を描くのを手伝って欲しいと呼びかける。
アニメ製作のトラウマが残る彼女たちだったが、信頼するフームの頼みならば、と漫画製作の手伝いを了承する。
苦難の末に、なんとかデデデとエスカルゴンの同人誌を作り上げたフームは徹夜の疲れからか城の印刷室で倒れてしまう。
しかし実はこの漫画製作は、デデデとエスカルゴンが仕組んだ罠だったのだ!
彼らは眠っているフームたちが作り上げた同人誌を横取りすると、週末の同人イベントに自分たちだけで参加することを決めてしまった。
そしてその様子を、こっそりとブンが見ていたのだった。


夜の研究室から、軽い細かな音が響く。キーボードを叩く音だ。
エスカルゴンがパソコンのディスプレイを見ながら文字を打ち込んでいる。数行書き込んだ末に、彼はエンターキーを押す。すぐに画面が更新される。
すると後ろで、おお、と声が上がる。デデデはスマートフォンの画面を見て感心している。
デデデはスマートフォンをエスカルゴンに見せた。『ツイッジー』という名のSNSが映し出されている。

『サークル・ペンツムリ @Pentsumuri_DDes
週末のイベントのお品書きとサンプルです! 是非遊びに来てくださいね!
http://www.pixuv.net/…』

たった今エスカルゴンが送信したメッセージが画面上に表示されていた。
同時にメッセージの引用数を示す数字が膨れ上がっていく。

「今ワドルディに大量にリツイージさせているでゲス。これでイベント初参加でも、人気のある絵師だと思わせるでゲスよ」
「オクラか」
「サクラね」

更新ボタンをタップすると、引用数は増え続けていた。ワドルディによる水増しだけでなく、一般ユーザーからも拡散されている。
エスカルゴンは作戦がうまくいったことを、字が読めないデデデに説明する。

「『ツイッジー』にも『ピクスブ』にも告知を載せました、後は週末のイベントに出るだけでゲス」
「金儲けに手段は問わん、それが悪の独裁者ゾイ」

二人は顔を見合わせるとさも楽しそうに笑い合う。本に描かれた彼らよりもはるかに仲が良かった。





数日後、プププランドから遠く離れた都市で、同人誌即売会は行われていた。
二時間ほど汽車に揺られていたブンは、都会の人の多さに驚く。
この街に訪れたことは何度かあるが、両親と姉が一緒だったため、一人で来たのは初めてだった。
汽車の疲れで体を休めたいところだが、街の外れにあるというイベント会場まで急ぎ足を運ばなければならなかった。
イベント会場はブンの想像以上に込み合っていた。これでも正午過ぎだというのだから驚きだ。開催直後に入場していたら、ブンのような少年はヒトの群れに押しつぶされてしまうかもしれない。
ブンはリュックの中から会場地図を取り出した。目当てのサークルは既に目印を書き込んである。辺りを見回して、現在地がどの位置なのかを覚え、それに合わせて地図を回したり傾けたりした。
そしてサークルの場所が分かると、地図をしまい目的地を目指す。
サークルとサークルの隙間を歩いていると、それぞれの頒布物が目に入る。本だけではなく、CD‐ROMやアクセサリー、大判のポスターなどが、どのサークルにも所狭しと並べられている。
美少女キャラクターの如何わしい抱き枕が視界に入った時は、あまりの刺激に目を逸らしてしまうが、逸らした先にも二人の美少年が絡み合うポスターが見えて、ブンは目のやり場に困ってしまっていた。
ブンは俯きながら足早に歩いていくが、途中でヒトとぶつかってしまった。
相手の片手には、最後尾、と書かれた札が掲げられている。どうやら人気サークルの待機列のようだ。
並ぶならこの札を持つのを代わって欲しい、と頼まれてブンは戸惑ってしまうが、その札に小さな字で書かれているスペース番号を見て、すぐに札を受け取った。その待機列こそが、目当てのサークルに繋がる列だったのだ。
ブンが札を持って順番を待っていると、リュックがもぞもぞと動くのを背で感じた。

「目が覚めたか、カービィ」

リュックを片側だけ下ろすと、カービィがリュックのフタを押し上げ、ブンを見上げて笑った。人混みの中に幼児を連れ出すのはかわいそうだったので、リュックに入れて連れてきたのだ。
完全に目が覚めたらしいカービィはリュックから出ようと足を掛ける。その手を引っ張って、リュックから出してやる。

「ぽよよい! ぶん!」
「しーっ、静かにしてくれ」

キャッキャと喜ぶカービィに、ブンは静かにするように人差し指を口の前に当て、ずり落ちそうになる眼鏡を押し上げてやる。
白衣を着ているカービィの出番はまだ先だった。ブンは、カービィに予め聴診器を吸い込ませてドクターカービィに変身させていたのだった。
物珍しそうに辺りを見回しているカービィの手を離さないようにぎゅっと握りながら、ブンは自分の番が来るのを待つ。
最後尾札を後続に渡してから十分後。

「お次の方どうぞ。新刊は一冊六百デデンです」

ブンとカービィの番になり、ページ数に対してボッタクリ価格を提示した売り子は柔和な表情を驚かせた。

「やい、デデデ!」
「なんでピンクボールがここにおるゾイ!」
「こんなところに何しに来たでゲスか、ガキ共!」

パイプイスに踏ん反り返っていたデデデは勢いよく身を起こしてブンに怒鳴る。いつものハートのエプロンを着てコスプレをした気になっているらしいエスカルゴンもブンを睨みつける。

「お前らが姉ちゃんたちが作った本を横取りしたの、俺知ってるんだからな」
「なんですとぉ!?」
「言いがかりゾイ。証拠を見せい」

いいぜ、見てみろよ、とブンは余裕の表情だ。
彼がドクターカービィに合図をすると、ドクターカービィはリュックからクリップボードを取り出した。そのボードには、複数枚の写真が挟み込まれている。

「皆、聞いてくれ! こいつらが頒布してる本は、自分たちの力で作った本じゃない!」

ブンはドクターカービィが持つ写真を見せながら待機列全体に向かって話しかける。
委託じゃないの、という声を遮り、説明を続ける。

「このコピー本は、俺の姉ちゃんと村の皆が一生懸命描いたものなんだ。デデデはそれを勝手に奪い取ってここで裁いているだけだ」

ブンの訴えに待機列がざわざわと騒ぎ始める。
その様子を鎮めようとエスカルゴンは慌てて否定し、待機列に並ぶ人々に本を押し付けて小銭を回収しようとする。
しかしブンに本を取り上げられてしまう。エスカルゴンは営業妨害だとゲスゲス喚く。
その間にドクターカービィが証拠写真の束と自筆のカルテを見せて回る。
ヘタクソな字で書かれており、とても読めそうにない。だがカルテはれっきとした『ダレデモウスイホンツクリタクナール』ガスの分析結果だった。
ブンとドクターカービィの説得で客を奪われそうになっているデデデが顔を顰める。

「ワシの金儲けを邪魔するな。兵士、奴らを場外に放り出すゾイ」

デデデが腕を振り上げて命令する。
在庫の入ったダンボールの上に座っていたワドルドゥが、短剣を掲げて叫ぶ。

「ワドルディ、出動!」

しかし隊長の掛け声に応じたワドルディは一人もいなかった。そもそもワドルディの姿が見当たらなかった。
デデデはワドルドゥの睫毛を引っつかむと、何故兵士が現れないのか問い詰める。心当たりがないワドルドゥは、わかりません、と答えるばかりだ。
だが、突然その理由を答える者が現れた。

「サークルチケットは3枚までっしょ」
「そんな基本も知らないなんて」
「僕ら的には笑止千万!」

その場にいた全員が、声の主へと振り返る。美少女戦士のような立ちポーズを決める三人組……その姿をブンは知っていた。

「オタキング!」
「ぽよぽんよ!」

一目見れば誰もがオタクだと分かる特徴的な姿をした三人に、ブンは複雑な表情を浮かべる。姉を美少女アニメの主人公にしてしまった張本人たちだったので、警戒してしまう。
だがブンは彼らの着ているTシャツと腕章に気付く。ただのお揃いの衣装ではなく、イベントスタッフ、と文字が書かれたものだった。もしかすると助けが来たのかもしれないと、ブンは彼らを見守ることにする。
オタキングたちはそんなブンとドクターカービィには目もくれず、デデデの座るスペースへと進み、デデデにスケッチブックとペンを渡した。

「リクエストと思って一枚やってみるでちゅ」
「本当に自分で描いた本ならば、ここでも表紙と同じ絵柄を描けるはずっす」
「まあ、僕らにアニメ作りを手伝わせてる時点で、できるわけないと思われ」

デデデよりは絵心のあるエスカルゴンが、私がやります、とそのペンを奪い取ろうとしたが失敗した。挑発に乗せられたデデデに妨害され、尻餅をついてしまう。
そしてデデデは筆記用具を引っ手繰ると、バカにしおって、と絵を描き始める。

「どうだゾイ!?」

描き上がった絵をしたり顔で見せ付ける。
だがお世辞にも上手いとは言い難かった。フームたちが描いた表紙の絵とは似ても似つかなかった。

「これは酷い」
「画伯っすね」
「キャラへの愛が足りなさすぎ、オタクの恥でちゅ」

オタキングたちはニヤニヤくすくす笑うと、顔を見合わせる。

「奥で事情聴取に入るべきっしょ」
「なかまをよぶでちゅ」
「僕的には、もう二度とサークル参加を禁止にするべき」

そして頷き合うと、オタキングたちは他のイベントスタッフに声をかけ始めた。
事情を説明するとスタッフたちはデデデに詰め寄っていき、並べられた同人誌を回収し、スペースを片付けはじめる。頒布中止にするらしい。
スタッフがデデデとエスカルゴンを引き摺って行くのを、多くの野次馬がスマートフォンのカメラに収めている。撮られた写真は、すぐに『ツイッジー』や『02ちゃんねる』へと拡散されていった。
ブンはあっという間に一件落着したことに礼を言う。ドクターカービィもおじぎをし、ずり落ちた眼鏡を押し上げる。

「今回は助かったよ、オタキング。ありがとう」
「ぽよぽよう」

オタキングたちは、当然のことをしたまでだ、と首を振る。
しかしブンの感謝を受けて、再びニヤニヤ笑顔を浮かべる。

「僕ら的には、礼には及ばないかと」
「その代わりと言ってはなんでちゅが」
「フームたんが描いたというあの本を、献本してほしいっす」

相変わらずの姉の人気ぶりに、ブンはたじろいだ。断ったところで、スタッフルームで回収した本を読む気なのだろう。

「姉ちゃんには内緒にしてくれよな」

条件を付け加えながらも了承すると、オタキングたちはぐふぐふ笑いながら喜んだ。ガスのせいとはいえ腐女子なフームたんも萌え、などと言いながら小躍りしている。
オタキングたちは得意のフームたんへのオタ芸を披露すると、スタッフの仕事の続きがあると颯爽と去っていく。
ブンには、その後ろ姿が一瞬だけ格好良く思えた。彼らの揃いのTシャツと腕章が輝いて見えたのだ。





「うるさい、うるさい、うるさいゾイ。いつになったら通知が鳴り止むゾイ。どいつもこいつもワシを晒しおって」
「これだけ拡散されたらそりゃあ炎上でゲしょうなあ……って、いやーん! またクソコラされてるでゲス!」
「薄い本は、もうこりごりゾイ」

デデデとエスカルゴンの悲鳴が上階から聞こえてくる。
秋の夜風を取り込もうと窓を開けたのが間違いだった。彼らが廊下でスマートフォンを見つめながら阿鼻叫喚に陥っているのだろう。
フームは自室の窓を閉めると、再び椅子に座り直す。机の上のタブレットの画面には、数々の文字が躍っていた。

『第三者の同人誌を無断で頒布したサークルが炎上』
『今日のイベントでスタッフに連行されてる二人組がおもしろい(動画)』
『【同人誌無断頒布事件】エスカルゴンちゃん可愛いぺろぺろ』

投稿され、拡散されていく呟きやスレッドを見ながら、溜息を吐く。
ヒトの噂も七十五日、デデデとエスカルゴンはしばらく苦しむだろう。もっとも、七十五日で済めば良いのだが。
フームが静かになった部屋でネットサーフィンをしていると、廊下でドアを開ける音がした。
自室を出ると、丁度ブンとカービィが部屋に帰って来たところだった。

「ただいま」
「ぽよいよ」
「おかえり。こんな遅くまで、どこに行ってたの」
「ちょっとね。な、カービィ」
「ぱゆぅ」

カービィはブンを見上げると、嬉しそうに小さくジャンプした。
あくまでも秘密にしたがる弟たちだが、フームはそれを暴く。

「私たちの名誉を守ってくれて、ありがと」
「えっ、なんで姉ちゃんが知ってるの」
「ツイッジートレンドに入っていたわよ。ピンクだまがかわいいってことまで添えてね」
「ぽよいい?」

首の代わりに全身を傾げるカービィの頭を撫でながら、フームは微笑んだ。
その活躍を称えようと、彼女は提案する。

「二人とも頑張ってくれたみたいだし、デデデは懲らしめられたみたいだし、何かごほうびでもあげるわ。何がいい?」
「すいかー!」

すかさずカービィがリクエストする。キラキラと目を輝かせている様子を見て、明日ならいいわよ、と付け加える。
カービィは飛び上がって、大好物が食べられると喜んだ。
フームはブンにも何か言うように促すが、彼は言葉を濁すだけだった。自分から申し出せるようになるまで、少し待つ。

「えっと、その、つづき」
「続き?」
「また描いてくれよ……、あのマンガの続き」

思いも寄らない要望に、フームは驚く。思わず否定しそうになったが、ぐっと堪える。
ガスによって仕組まれていたとはいえ一度は自分も面白いと思ったのだ。作品を好きだと思う気持ちを否定してはいけない。
フームは少し迷った後、苦笑しながらも引き受ける。

「わかったわ。ちょっとだけなら、描いてあげる」
「ほんと!?」
「でも他の誰にも見せないでね」

断られるだろうと思っていたブンは、やった、とガッツポーズをする。姉のファンサービスに感謝した。
ガスの後遺症が抜けるまで、付き合ってやろう。フームは再び自室の机に向かい、ペンを執る。

「もう次の作品を描くの?」
「うん。モチベーションがある内にやっておきたいしね」

フームの熱心な様子にブンは感心する。
彼女は振り返ると、弟に向かって笑いかけた。

「どんなものであれ、本を作るってとっても楽しいんだから」

やっぱり姉ちゃんはすごいや。
ブンは、そんな姉の後姿に憧れている。


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