あるあいのふたり2(2015.08.25)
 小説『いっしょにっき!』(病葉 侍罹)


・陛下が閣下の日記を盗み読みする話。


【1】

夏の盛りを過ぎ、僅かに日が落ちるのが早くなってきた頃。
プププランドの端の端、丘の上の城で、少女はピンク色のボールに語りかける。

「これは?」
「すいかぽよ!」
「じゃあ、これは?」
「…………ぽよぅ?」
「こっちは?」
「みかんぽよ!」
「じゃ、こっちは?」
「…………ぱよぅ?」

少女は頭を抱えた。果物の絵を見せて、それと同じ意味を表すこの国の文字を見せる。この国のヒトの幼児であれば、何回か繰り返すうちに、果物の形と文字の形を覚えるものなのだが……。ピンク色の生物にはまだまだ理解が難しいらしい。

「カービィも、そろそろ簡単な文字を覚えてもいいと思うんだけどなぁ。教え方が悪いのかしら」
「ぽよぅ? ふーむ?」
「カービィ、ちょっとこっちに来て」
「ぽよ!」

フームと呼ばれた少女は、カービィという小さな友達と一緒に庭を出て、城の廊下へ入っていく。数分歩けば、玉座の間だ。ここにはこの国を治める自称大王と、その側近がいる。大王といってもフームにとって恐れる相手ではない。ナイトメアの脅威がなくなった今、彼らが目の敵にしているカービィへの有効な対抗策など何もないからだ。
フームは遠慮なく玉座の間の扉を開ける。想像通り、玉座にはペンギンに似たヒトがふんぞりかえっていたし、その隣にはやっぱり紫色のカタツムリが冊子を片手に控えていた。翡翠色の殻を背負った彼は、部屋に入ってきたフームを見つけるなり、珍しい、と言葉を洩らした。

「陛下に何か用でゲスか」
「今日はエスカルゴンに用事があるのよ」
「はあ、私?」

複数の文書に目を通していたエスカルゴンは、フームの言葉に耳を疑った。陛下を非難しにきたのではなく、こんな風に自分に用事があると言われたのは一体いつぶりのことだろうか。しかしフームの次の言葉に、すぐに納得した。

「そろそろカービィに文字を教えたいの。何かいい方法はないかしら? 貴方はそれなりなんだから、何か分からない?」

フームが自分を頼る時は、上司をどうにかしろと抗議する時か、学問に関係する時だった。古い記憶を辿れば、彼女がまだ幼かった時、勉強の方法を教えたのは自分だったような気がする。今回の件も助言をしてやることはできる。しかしタイミングが悪かった。
エスカルゴンは横目でちらりと玉座の方を見た。座ってアニメを見ているデデデ大王は、フームに気付いてはいるものの興味がないのか特に反応を示さなかった。何度も見直したアニメの中で、デデデマンがファイアーデデデとして変身した頃を見計らって、エスカルゴンはフームに囁いた。

「言語は、マメに反復練習しつつ、実際に使ってみるしかないでゲス。文字だったとしても書き続けるしかないでゲスな。例えば日記をつけるとか、そういう習慣づけをするでゲスよ」
「カービィに日記? できるかしら」
「まずは一日一行から書けばいいでゲス。それも難しいなら単語から、それも難しいなら、絵日記とか、カービィが続けられそうなものにするとか……」

フームは腕を組んで考えた。カービィが続けられそうな、カービィが好きなものはなんだろう。今では意思疎通も少しずつながらもできるようになってきたが、未だに彼が何が好きなのかは明確にはわかっていない。マイクを持たさずに何かできることはないだろうか。

「すいかぽよ!」

突然カービィが声を上げた。はじめは、ぽよ、としか喋れなかった言葉も、好きな単語ならすぐに言えるようになってきたようだ。
フームはそれを聞いてアイデアを思いついた。

「そうよ、カービィの場合は、一日に食べたたべものを一つ書けばいいんだわ、絵と一緒に!」
「ぽよ?」
「今日はお勉強をする、って考えるからいけなかったのね。毎日一つずつ、楽しく絵日記を書いて遊ぶようにしていけば、カービィも大丈夫よね」
「ぱぁよ!」

フームはエスカルゴンに礼を言うと、フームの機嫌が良くなったことに喜んだカービィの手を引いて部屋を出て行った。エスカルゴンは、どうやらフームの力にはなれたらしい。カービィがたべもの絵日記をどれだけ続けられるかは別問題として。
フームが出て行った扉を見つめていると、玉座から声が降ってくる。アニメを写していたモニターからはエンディングテーマの丸を描く絵描き歌が聞こえていた。

「日記とは何ゾイ」

できるだけデデデを刺激しないように、アニメが盛り上がっている間にフームと話をしていたのだが、気付かれていたらしい。そしてそんなことも知らないのか、と内心呆れるエスカルゴンだが、無用に頭を叩かれるのは避けたいので、大人しく答える。

「今日は何をしたか、毎日記録を付けることでゲス。私も毎日やってるんでゲスよ」
「そんなことして何になるゾイ」
「前日までの振り返りのためとか、翌日の目標を立てるためとかに使うでゲス。カービィの場合は学習のためですが」

デデデは玉座の上でゲラゲラ笑いだした。

「でぇっははは、そんなモン書いている間はまだまだ貧しき人民共ゾイ。真の特権階級であるこのワシは、自分で書かずとも周りの者に書かせるからいらんのだゾイ」
「世の読み書きできるマトモな王様が聞いたらなんて思うか……いてぇっ!」
「文句があるなら、外に行け!」

怒ったデデデはエスカルゴンをハンマーで殴った後、窓から放り投げた。あーれー、と叫んだ空飛ぶエスカルゴンが下の階のバルコニーに落ちていき、ぐぇっ、と言いながら地面に不時着した。

「いったーい! 私に骨があったら、今頃バッキバキでゲス」
「二度と城に入れなくしてやろうか」
「それだけはご勘弁を」

バルコニーで文句を言っていたエスカルゴンは、慌てて城の内部へと入っていった。しばらくして、車のエンジン音がかかり、それが遠のいていった。どうやら城で仕事をするのをやめて、村に視察に行ったらしい。
いい気味だ。デデデはひと笑いすると、玉座の間を出て、エスカルゴンの部屋へと向かった。目的は勿論、先ほど話していた彼の日記だ。生意気を言う反逆者の日記は、焚書にしてしまえばいい。長年に及ぶ貴重な記録があろうとなかろうと関係ない。エスカルゴンの気持ちなど、デデデの知るところではなかった。
エスカルゴンの部屋の扉を開ける。無用心なことに、鍵はかかっていなかった。部屋は綺麗に整頓されている……と思いきや、時々薬品や書物が乱雑に積み上げられている。よくわからない機械は電源が入ったままだし、あらゆるデータを取った紙は床に散らばっていた。この中から、エスカルゴンの日記を探さなくてはならなかった。
しかしデデデは特に気にすることもなく、エスカルゴンの机へと近付いた。

「毎日使うもので、すぐ取り出せて、かつ誰かに秘密にしておきたいものというのは、こういう浅すぎず深すぎずのところに入れておくものゾイ」

机に取り付けられた戸棚の、上から二番目の引き出しを開く。中には紫色の表紙をしたノートが入っていた。パラパラとめくれば、後半のページは何も書き込みがされておらず、使いかけのようだった。
中の本文を見ると、文字ばかり続いていた。決して綺麗とは言えない字で殴り書きされている。一ページごとに文字の塊が分かれていた。それぞれの量はまちまちで、長かったり短かったりしている。
デデデは、最新のページの、すぐ隣のページを見た。他のページより筆圧の弱い字で綴られている。
一昨日は、エスカルゴンに新しいカービィイジメ道具を作らせていた日だ。朝までかかった割に、大した効果を生まずに終わった道具だった。疲れた顔をしていたのを覚えている。字がへろへろしているのも、その影響だろう。
これらの字の示す内容はわからないが、それを見て、デデデはこのノートがエスカルゴンの日記帳だと確信した。ほくそ笑む。焚書はやめだ。もっとおもしろい嫌がらせをしよう。
エスカルゴンの日記帳は、彼が知らない間にデデデに没収された。空っぽの引き出しが乱暴に閉められた。
デデデはエスカルゴンの部屋を出た。広い廊下の交差点で、叫ぶ。

「兵士!」

全方位からワドルディが集まってきた。その内の一人に、日記を渡す。

「これを読め」

ワドルディは目を一度だけパチクリとまばたきさせると、日記を開き、目を向け、読み上げる。

「わにゃわにゃ」

読み上げるワドルディの傍で、他のワドルディが身振り手振りをして、デデデに伝えようとしているらしかったが、短い手足では何をしているかが全く理解できない。

「何言っとるか全然分からんゾイ! ……ワドルドゥ、ワドルドゥはおらんか!」

呼びかけに応じて、デデデの周りで円を作っていたワドルディの群れを掻き分けて、お呼びだお呼びだ、とワドルドゥがやってきた。ワドルディの近縁種であるらしい彼は、腰に剣を携えた凛々しいような可愛らしいような姿をしている。

「はっ、陛下。いかがされましたか」

デデデはワドルディからエスカルゴンの日記を乱暴に取り上げる。ワドルディはその反動でその場でくるくると三回転すると、ぺたりとしりもちをついた。
奪った日記を、ワドルドゥに突きつける。

「これを読め! ワドルディでは話にならん」

ワドルドゥはワドルディと同じく、大きな単眼を一度だけパチクリとまばたきさせると、日記を開き、目を向け、読み上げる。

「では……。八月三十日、晴れ……今日は、…………んん?」
「早く続きを読め」
「こっ、これは……なんと……!」
「ワシの命令が聞けんと言うのか」

睨まれたワドルドゥは日記を閉じかけ、困った顔をした。

「へ、陛下、申し訳ございませんが、とても……これはとても読めません!」
「何故ゾイ」
「あまりに大変なことが書いてありまして、その、陛下にはとても……お見せできないというか……」
「何ぃ!?」
「そういうわけですので、私にはこれ以上お話することができません。他の方に読んでもらってはどうでしょうか」

ワドルドゥは日記を閉じると、デデデに丁寧に日記を返した。デデデはギリギリと日記を握り締めたくなる衝動に駆られる。だが、ここで日記帳にシワをつければ、エスカルゴンに第三者が日記を読んだことが伝わってしまう。これからする、より凶悪な嫌がらせのために、デデデはなんとか衝動を押さえ込んだ。ワドルドゥの言うとおり、別の家来を使うことにする。
廊下を少し進んだところで、三騎士とすれ違った。
デデデはメタナイトに、ん、と無理矢理日記を押し付けた。

「はあ、これをですか」
「いいから早く読むゾイ! ワドルドゥでは読めなかったからな!」

メタナイトが日記帳に目を通し始めると、両隣に控えていたソードナイトとブレイドナイトも日記を覗き込もうとした。しかしメタナイトは、日記を少しだけ閉じかけて、マントの影に隠れるようにして読み始めた。丁度できたマントの死角に日記を入れて、彼らに見せないようにしているようだった。

「ふむ……これは……。確かにワドルドゥ隊長の考えに同意せざるを得ません」
「メタナイト、お前もか!」

メタナイトは誰にも気付かれない程度の微弱な迷いを瞳に湛えた。何と言ってデデデから逃れようか考えているようだった。

「この日記には、陛下には大変失礼になることが書かれておりまして……」
「ぐぬぬぬぬ、あの寄る年波!」
「それでは、私たちはこれで」

デデデが憤怒する脇を、メタナイトは颯爽と通り過ぎて行く。デデデはすぐに振り返って叫ぶ。

「どこ行くゾイ!」
「そうですね、カービィめが今日も元気に文字を学んでいるか……いや城でイタズラをしていないか見張りに行くつもりです」
「もう良い、好きにしろ!」

怒ったデデデが足を踏み鳴らして廊下を出て行くのを待ったソードナイトとブレイドナイトは、メタナイトに尋ねる。

「卿、あの中身は一体……」
「エスカルゴン殿にも、隠したい秘密や不満はあるということだ」
「な、なるほど」

庭に出たデデデはというと、中央のパラソルの下でカービィに本を読み聞かせるフームを見つけた。その隣でブンがその様子を見ている。デデデは猛スピードで三人に駆け寄る。通りすぎた道に土煙が立つ。

「フーム!」
「何よ、いきなり。カービィに何かしに来たんじゃないでしょうね」
「これを読め!」
「なにこれ、ノート?」

フームはデデデに差し出された日記帳を受け取り、パラパラと捲り始めた。最後まで捲りきらない内に、声を荒げる。

「って、ちょっと、これエスカルゴンの日記じゃない!」

「何が書いてあった!?」
「中身までは詳しく読んでないわよ。そもそも人の日記を勝手に読むなんてプライバシーの侵害よ、何を考えてるの?」

彼女は日記をぎゅっと抱え込む。無理矢理奪われないようにするためだ。そんな姉にブンは呆れ顔だ。

「姉ちゃん、こいつ自分の興味本位で人の全裸まで見たがるやつだぜ」
「そうだったわね」
「旺盛な知識欲のどこが悪いゾイ」
「ほも?」

フームは一瞬、どこでそんな言葉を覚えたのかと、カービィに気を取られた。その隙にデデデは日記をふんだくる。返せよ、とブンが彼に掴みかかるが、軽く払いのけられてしまった。フームは横暴で乱暴なデデデを睨んだ。

「なんでもいいけど、これは読めないわ! 元あったところに、ちゃんと戻してきなさい」

説教をされたデデデはギリギリと歯軋りする。ブンはそんな彼を見て、可哀想といった態度で茶化す。

「俺だって字くらい読めるのに、ここまでくると哀れだよなぁ」
「カービィだって日記を書けるように勉強しようとしてるのに……」
「ぱぁよぅ」
「何だと!」

その様子を見て、ブンは庭の草原に座りなおし、見せ付けるように自分の持っていたノートを開いて見せた。あら、それなあに、とフームが質問する。

「ホッヘと俺で書いてる、イタズラ交換日記! 一日の間に、どんなおもしろいイタズラができたかを記録して、交換し合うんだぜ」
「この前、図書室の扉に黒板消しを挟んだの、ブンだったのね! もう、そんなのやめなさい!」
「なんだよ、カービィには継続は力なりって教えようとしてたくせに。それに今、村中で流行ってるんだぜ。こういうのは、一緒にやる相手がいる内にやるもんさ」
「確かに、交換日記そのものは悪くないわね……カービィ、私と一緒に書いてみましょうか」
「ぽよ!」

黙って聞いていれば、とさらに怒りが沸いてくるデデデだったが、村中で流行っているというブンの言葉が気になった。
運が悪いことに、今日は誰もエスカルゴンの日記を読もうとしないようだし、気晴らしに村人をからかう方が、日記の盗み読みをするよりも楽しいかもしれない。思いついてからの行動は早かった。エスカルゴンの部屋に日記を返しに行く。怪しまれないように、日記が取り出す前の状態に近いようにしまうことができたことを確認すると、デデデは城を飛び出した。
広場の入り口に訪れたデデデは、村人たちの様子を観察した。ブンの言ったとおり、今は日記のやり取りが流行っているらしい。
ふと見ると、ベンチの近くで、集まって遊んでいる子供を見つけた。その内のハニーが、イローにノートを手渡した。

「がんばって沢山書いたのよ。イローが書いてくれるの、楽しみにしてるわね」

イローは嬉しそうにノートを受け取ると、必ず書くよ、と約束した。成程、あれが交換日記か。
他の村人たちにも目を向ける。村中でノートを手に人々が語り合っている。レン村長とハナ、酒場のマスターのサモと占い師のメーベル、モソじいさんとガス、ボルン署長と手錠を掛けられた囚人ドロン。どうやら交換日記とは、身内や友達、恋人同士だけでなく同じ趣味を持つ同志や、警察署長と囚人という奇妙な関係でもやり取りをして良いものらしい。
その時、広場に面した家のひとつから、複数人のワドルディと共にエスカルゴンが出てきた。広場の隅に停めてあるデデデの愛車に乗り込もうとする。

「ったく、どんだけ税金上げられたいんだ人民共は……」

彼はデデデの視線に気付くと、こちらに近寄ってきた。その後ろにちょこちょことワドルディがついてくる。

「あら、陛下、どうしたんでゲスか。一人で来るなんて」
「ただの散歩ゾイ」
「何か新しい遊びでも思いついたんでゲスか? まあ、もうすぐ日も暮れるし、その遊びは明日にして、帰ってごはんにしましょ」

何も知らないエスカルゴンは、今日は何ごはんにしようかなぁ作るのはワドルディだけど、と独り言を呟きながら、車の扉を開けて、デデデを座らせた。
村人から趣味が悪いと評判である愛車のエンジン音を鳴り響かせて、エスカルゴンは広場を出た。広場には多量の排気ガスが撒き散らされた。


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