あるあいのふたり3(2017.09.10)
 小説『デデデレンタル1日5000兆デデン』(病葉 侍罹)


・デデエス前提、メタフム前提のデデデ+フームです。
・過去捏造注意。
・陛下がフームのためにボディーガードを勤める話。


【1】

夏草の蒸れた匂い、蝉たちのさざめき。真夏の危険な直射日光を浴びながら坂道を登る二つの影。
正確には、一人の体に縛り付けたロープを、もう一人が引き摺っていた。このまま日焼けをし続ければ、焼きペンギンと焼きカタツムリになりかねない。
この坂道のある小国プププランドでは、カタツムリはエスカルゴン、ペンギンのように見えるヒトはデデデ大王と呼ばれていた。
プププランド国王のデデデの体重は、国民の殆どを占めるキャピィ族の基準値をはるかに越え、体重計を壊してしまうほどだが、部下のエスカルゴンはなぜだか引き摺ることができていた。火事場でなく、火の車の馬鹿力だ。

「何故ワシが肉体労働をせねばならんゾイ! エアコンの効いた室内でふんぞり返りながら、愚民に鞭打ち働かせるのが大王の務めゾイ」
「その大王が率先して働けば、国民も今よりもっと汗水垂らして働くようになるでゲスから、ほら、はやく!」
「働きたくないゾイ! 絶対に働きたくないゾイ!」
「ワガママ言うんじゃありません! 何も、歯医者で虫歯を治せ、って言ってるんじゃないんだから。単発アルバイトでゲしょ」
「今日の貴様は態度も力も大きすぎるゾイ!」

せめてエアコンを点けた涼しいデデデカーで連行すれば良いものを、とデデデが続けて喚く。エスカルゴンは、ガソリン代をかけている場合ではないと首を振った。
上り坂を越える頃に、寂れた小さな無人駅が見える。プププランド駅だ。相変わらず、石畳の間からは雑草が伸び放題になっている。
エスカルゴンは、なおもデデデを引っ張りながら背の高い雑草を掻き分け、単線のホームに立ち、汽車を待つ。
引き摺られ、カタツムリのように地べたを這わされたデデデは、口の中に入ってしまった雑草をペッと吐き出した。雑草が青臭くてたまらないので、観念して立ち上がった。
エスカルゴンはデデデの上着を汚している土埃を払ってやり、襟を整える。嫌がっているのか、体を左右に揺らしてじっとする気がないデデデの両肩をポンポンと叩く。

「切符は持った?」
「持った」
「お財布は持った?」
「持ったゾイ」
「救急セットは?」
「それも持っとるゾイ」
「ハンカチは?」
「持ったと言うておる!」
「ハンマーは……いてっ! お持ちでゲスね」

襷掛けにさせた小さなカバンの中身の確認を終え、エスカルゴンが叩かれた頭を撫でていると、シュッポシュッポと汽車が線路を走ってきた。

「陛下、よく聞いて。汽車に乗って二時間経ったら、着いた駅で降りるんでゲスよ。その駅の改札で依頼人が待っているはずでゲス。さて、依頼人の特徴はなんだった?」
「青いリボンのついた、麦わら帽子を被った小娘ゾイ」
「陛下の今日のアルバイトは彼女を一日お守りすること。良いでゲスね」

エスカルゴンは、デデデに今日これからすべきことを教えて覚えさせる。依頼人に出会えないという初歩的すぎるミスを起こさせないために入念に確認する。
デデデはムスッとしてエスカルゴンを見下ろした。

「日雇いボディーガードなんてやりたくないゾイ。同じ労働にしても、もっと独裁者らしく頭脳戦を繰り広げたいゾイ」
「陛下は悪知恵と脂肪くらいしか絞るものがないんだからこれで良いの!」

汽車がホームに滑り込んでくる。エスカルゴンはデデデを縛っていたロープを解いてやる。
それでも不服そうな顔をしているデデデの背中を、汽車にぎゅうぎゅう押し込めた。

「わぁ、陛下すごーい! 一人で待ち合わせ場所に行けるなんて偉いでゲスぅ、きゃーかっこいい!」
「帰ったら覚悟しておくゾイ」
「がんばるでゲスよー!」

眉間に皺を寄せて凄むデデデの目の前で、汽車のドアが閉まる。ガラス越しで、わざとらしく応援するエスカルゴンの姿が遠ざかっていく。
デデデは、窓ガラスから自分の領地から完全に離れたことを確認すると、ドアから離れて長椅子に座った。
デデデを乗せた汽車が単線を折り返していくのを見て、エスカルゴンはニヤリと笑い、タブレットを取り出した。異国のよろずやから買ったもので、背面にジェムリンゴの刻印が入っている。

「あとはこれでじっくり撮影させてもらうでゲス。でも遠隔カメラだけじゃ心配だから、私も次の汽車に乗らなきゃね」

画面をピンチアウトする。汽車の長椅子に座ってガ行のイビキをかくデデデが映し出される。
今日の為に徹夜で開発した、『スパイホッパー・バージョン2』。小さなバッタの姿をしたそれは、汽車に乗ってデデデと共に街を目指していた。





デデデの度重なる浪費により、ついに国家財政が破綻寸前となった。
その事実にエスカルゴンが気付いたのは、たった数日前のことだった。このままでは一か月後には国が滅びてしまうほど、落ち込んでいた。
財政をどうにか持ち堪えさせるには、税金を五百パーセントほど増税したり、手の空いたワドルディを村人に有料レンタルさせるだけでなく、自分たちも率先して働くしかない。

エスカルゴンは発明や電気工作の内職をしながら、デデデが就ける仕事を探した。ホーリーナイトメア社が倒産し魔獣をダウンロードできなくなったために、一日中退屈そうなデデデを、日頃の恨みを晴らす目的も兼ねて働かせることにしたのだ。
しかしカービィを倒すという目的以外で、彼ができることなど微塵もない。あるとすれば、有り余りすぎている腕っぷしだけだ。引っ越し屋のアルバイトが候補に入ったが、デデデは現場のリーダーに従うような従順さを持ち合わせていないだろう。

その時エスカルゴンの目に留まったのが、フリーの電卓アプリに載せられていた、人材派遣サイトの広告だった。
この手の派遣業は、電球の取り換え、エアコンの掃除、庭の剪定、おつかいに雑談相手……というのが一般的だったが、ボディーガードという異色な項目に注目した。
カービィや反逆した魔獣に立ち向かえる腕があれば、ボディーガードくらいなら務まるだろうと信じ、エスカルゴンはデデデを日雇いボディーガードに登録させたのだった。

幸いなことに、ボディーガード依頼のメールはすぐにやってきた。
メールには、依頼人が大切なヒトのために街でプレゼントを探したいこと、しかし何故かストーカーに狙われていること、そのストーカーから一日安全に守ってほしいこと、が切々と綴られていた。
 依頼人は、青いリボンのついた麦わら帽子を被った少女だという。謝礼金は一日たったの千デデンと、子供の小遣い程度だ。
しかしエスカルゴンは快く引き受けた。本当の目的はこれっぽっちのバイト代ではないからだ。
デデデが少女の為に献身的に働くという異常事態をこっそり撮影し、バラエティ番組として放送し、視聴率を稼ぐ。視聴率を稼ぎまくれば、儲けはあっという間に五千兆デデン程に膨れ上がる。
これこそがエスカルゴンの真の狙いだった。

「陛下が関わったら、少女の涙ぐましい逃避行もハプニング連続のドタバタ喜劇に早変わり。こんなチャンスを逃すわけにはいかないでゲス。陛下のはじめてのアルバイト、良い映像を撮り終えるまで密着取材でゲス!」

デデデを追って汽車に乗ったエスカルゴンは、タブレットを通してスパイホッパーに撮影を命令する。カメラマンとして取材をはじめる。
血眼になってタブレットをいじくりまわすカタツムリは、乗客から奇異の目を向けられていた。





デデデは微睡の中で、車内アナウンスによって、目的の駅に到着したことに気づいた。まだおねむだと思いつつも長椅子から立ち上がる。いつの間にか乗車していた大勢のヒトの山に押されながら、汽車を降りる。
改札口で、ヒトの行き交いに合わせて電子音が鳴る。改札機にICカードをタッチしてすり抜ける人々を見て、街に来たのだと実感する。喧騒に眠気が払われる。
デデデは、ICカード限定ではなく切符による入退場も受け付ける改札機を探す。滅多に汽車に乗らないため、なかなか見つけることができない。
やっと見つけた改札機には、切符を上手く入れられず、改札口を詰まらせてしまう。後ろに並ぶ人々の迷惑そうな視線にムシャクシャする。国王のために道を開けろ、と怒鳴りたいところだ。なおこの街はプププランドではなく、その隣国である。

デデデはなんとか改札機を抜けると、出口にいるはずの依頼人を探す。
右を見ても左を見てもヒトだらけの改札口で、麦わら帽子を被った頭を探す。
麦わら帽子、という特徴だけでも候補者は何人もいた。その中で青いリボンのついた麦わら帽子を探すという器用な作業は、デデデにとって困難を極めた。
諦めて帰ろうかと思い、改札口に引き返そうとした時、視界の端に大きな青いリボンが見えた。リボンの下には麦わら帽子。帽子とお揃いのカゴバッグを手に下げている。帽子の下では金髪のポニーテールがちらりと見えている、少女の後ろ姿だった。
デデデは少女を見つけるとずんずん近寄っていく。
麦わら帽子をポンポンと叩いて尋ねる。

「お前が依頼人か?」

依頼人は、驚いたのか両肩を跳ねさせた。すぐに振り返る。

「ああ、貴方が『おじさまレンタル』のボディーガードさんね、今日は一日よろしくおねがいします……って、えぇ!?」

依頼人の少女はさらに驚いて声を上げ、眉を顰める。見るからに嫌そうな顔をした。
デデデもその顔を見て驚いた。

「お前は、フーム!」

見知らぬ少女に聞き飽きた名前で呼ぶことになり、デデデは世界が狭いことを知って落胆した。初対面の相手であれば、少しはまじめに働こうと思っていたのだ。

「なんでデデデがいるのよ、カービィはここにはいないのよ!」
「ワシだって来たくて来たわけではないゾイ、依頼人がこの街に呼び出すゆえ……」

その瞬間、フームは閉口した。次の発言が聞きたくなくて、耳を覆いたくなる。

「お前が依頼人だなんて聞いてないゾイ。青いリボンのついた麦わら帽子を被ったのが、今回のボディーガードの依頼人だと言われて来ただけゾイ」

デデデの言葉から、自分の雇ったボディーガードが彼であると確定してしまったフームは、ああ、なんてことなの、と漏らす。

「貴方が来るくらいなら、最初からボルン署長に頼めば良かったわ」

警察官が村を留守にしたらデデデが何をするかわからないと思い、ボルンに頼むことを諦めたのに、予測がすれ違ってしまった、とフームは顔に両手を当てた。
ヒトの顔を見てあからさまにガッカリするとは何事か、こっちも同じ気持ちゾイ、と憤慨するデデデだったが、すぐに疑問に思う。

「しかしお前がボディーガードを雇う程のストーカーが、あの辺鄙な村にいるのか?」
「オタキングよ! 元はといえば全部貴方のせいなんだからね」

オタキングとの邂逅を経て、フームは見知らぬ者からの視線を感じることが増えていた。アニメ放映以来『星のフームたん』の聖地としてププビレッジが取り上げられるようになり、モデルとなったフームも注目された。
その度に警察に通報し、村人と結託して悪質なファンを追い払っていたのだが、いくら策を講じても第二第三のオタキングは現れた。
フームは閉鎖的な村の中はまだしも、隣国の街を一人で歩くことは難しくなってしまっていた。ほとぼりが冷めるまではショッピングもままならないのだ。
しかしデデデは、たかが労働英雄如きで、というように肩をすくめただけだった。

「なんだ、そんなことか。安心しろ、このヒトだらけの街で二次元美少女フームたんのモデルに注目する者など、どこにもおらんゾイ」
「貴方が私に迷惑かけなきゃ、こんなことにはなってないわ」

被害者が何故怒っているのか理解できないらしい加害者は、おお、そうか、と背を向けた。人混みに紛れてしまえば、悪質なファンもフームを追えなくなり、自らが働く必要もない、とデデデは思ったのだ。

「そんなに言うならボディーガードはチェンジゾイ。お前がワシを嫌っておるのは重々承知しとるからな」

デデデはカバンから、帰り道のための切符を取り出し、改札機を通ろうとした。
その手に握られた切符を、フームが素早く奪い取る。デデデの足取りが止まる。逃げ出す気かとフームが問う。

「貴方、腕っぷしだけは強いんだから、責任取りなさいよ。さもなくば車内で痴漢冤罪でも擦り付けるからね」

珍しく物騒なことを言うフームの瞳がギラギラ輝いているのを見て、デデデは口元だけで笑う。

「知能犯とは、厄介ゾイ」





【2】

デデデは、前を行くフームに逃げ場を奪われていた。カバンのショルダーベルトを捕まれているのだ。
カバンを犠牲に振り払って逃げることもできるが、カバンには帰り道のための切符が一枚だけ入っている。ここで手放してしまうと国に帰れなくなってしまうので、渋々付き従うしかない。
俯き、麦わら帽子を被るフームの後頭部を見ながら歩く様子は、さながら牢屋に連行される囚人のようだった。牢屋に連行されるのではなく、連行するのが王の立場なのに。

そんな嘆かわしい気分になった時、視界に入った床が、歩道のアスファルトから綺麗なタイル張りに変わった。
顔を上げて辺りを見渡すと、巨大なショッピングモールに行き着いていた。
ショッピングモールの入り口の案内板に、紙製のフロアガイドが挟まっている。フームが一部を取り、めくりはじめた。
デデデは、青いリボンの着いた麦わら帽子の少女の目的が、大切なヒトへのプレゼントを探すことだったことを思い出した。

「買いたいプレゼントとは、誰に与えるものゾイ?」
「大人」

大人に奢らされるとは気の毒な少女だ、とデデデは同情する。
フロアガイドを閉じたフームが、とりあえず、と前置きしつつ歩き出す。

「適当にウィンドウショッピングをしてみるわ。良さそうなお店があったら入るから、ついてきて」
「お前にしては無計画ゾイ」
「見ているうちに何かアイデアが浮かぶかもしれない。そのためにもまずは視界からの情報で脳を動かしていく必要があるわ」

フームは足元を見る。床にモザイクタイルで描かれた大きな羅針盤の模様から、ウィンドウショッピングをするエリアを決めた。その方向に進んでいく。
多くの店が立ち並ぶ中、最初にデデデの目を引いたのは花屋だった。
花を生き永らえさせるガラスケースの中には複数種のヒマワリが収められ、平たいボウル型の花瓶にはハイビスカスが浮かべられていた。ショッピングモールの窓から差し込む日差しを受けて夏を彩っている。

「花を買えば、プレゼントになるゾイ。これで目標達成ゾイ。とっとと買って帰るゾイ」
「プレゼント探し開始三分で言うなんて、仕事をサボりたいだけでしょう」

それにプププランドには美しい花が沢山自生していて目新しくないから、わざわざ買う必要はない、とフームは述べた。
デデデの目論見は見破られ、フームはショッピングモールの奥へと進んでいく。
買い物は通販で済まし、極稀にしか領地の外に出ないデデデにとって、街のショッピングモールは珍しいのか、ひっきりなしに首と視線を動かす。

ブティック、靴屋、アクセサリーショップ。都会の流行を取り入れたマネキンたちは、一足先に秋服を着ている。
デデデの着る衣服は仕立屋に注文しているので、彼は流行には疎かったが、案外既製品も悪くないものだと思う。
しかし、この近隣の国ではデデデの体格に合う大きなサイズの既製服は、どこも取り扱っていないので、選択肢は依然として限られたままだった。

イヌを散歩させるヒトにぶつかりそうになる。フームにショルダーベルトを引っ張られることで直撃を避ける。
だがワンワンと吠えたてられた。どうやらイヌを散歩させても良いエリアだったらしい。

「危ないから、ちゃんと前を見て歩いて! キョロキョロしない」

フームに注意されたデデデは、イヌが小さくてワシの視界に入らないのがいかんのだゾイ、と心の中で抗議した。
ショッピングモールの各店舗は、敷地の大きさが画一的に定められている。
フームとデデデは、その中でも他の店舗の何倍もある広い敷地に入った。この国の中流家庭が好んで購入する家具屋だった。
ベッドや食器棚に使われている、伐られて日が浅い木材の香りと、ソファやイスに張られた新品の布の匂いに包まれる。ベッドルームのサンプルのセットではアロマポットが炊かれていた。お香の匂いも混じり、ゆったりとした気分になる。
家具屋ではインテリアの雰囲気と価格帯ごとに家具が並べられ、コーナーを分けていた。

フームは、北国の家具のコーナーと、金属製のモダン家具のコーナーの間を素通りしていく。そしてオリエンタル家具のコーナーで足を止める。
セットの床にはタタミマットが敷かれており、ビョウブやザブトンが並んでいる。壁に掛けられた紙にはレタリングされた文字が踊っていた。カケジクという名前だったような気がする。
ザブトンの近くに、オリエンタルなランプが灯っていた。ケースである紙部分には花柄が描かれている。

「素敵……だけど少し可愛すぎるかしら。それに既に同じものを持っているし」

フームはプレゼントを渡す相手のことを思い浮かべ、両手で持ったランプをそっとタタミマットに戻した。
ビョウブの隣には、低いタンスが置かれている。タンスの上には、異星人を象った赤い人形が飾られていた。
フームは人形の由来を説明するプレートを読む。
赤服を着た古代の聖職者が、祈りの為に座っている姿を模したもので、顔の空白部に自分で目を書き入れることで完成する人形のようだ。

「願い事を叶える力を持つ人形か。でももうナイトメアはいなくなったし、願うことなんて平和の維持くらいしかないのよね。まあ、デデデにとっては、平和じゃ退屈かもしれないけど。そうでしょう?」

フームは隣にいるデデデに声をかけるが、反応がない。驚いて店内を見回すと、カーテン売り場でもぞもぞ蠢く巨体が見えた。子供にしては大きすぎる。

「デデデ! 売り物で遊ばないで!」
「迷路みたいで楽しいゾイ」
「ここは遊び場じゃないの、もう行くわよ」

フームはカーテンに飲み込まれていたデデデを引き剥がした。デデデは案外すんなり従った。フームは大人しく従うなんて、他にも何かしたのではないかと怪しむ。

「まさか私が人形を見ていた間、他の売り場でも遊んでいたんじゃないでしょうね」
「シャンデリアを付けたり消したり、ドアのカギを全部かけたり、シンクの水を出しっぱなしにしたゾイ。それと、最新型テレビで見る番組は画質が良いゾイ。だがベッドの寝心地はエスカルゴンのもの程ではないな」
「各種売り場担当の店員さん、ごめんなさい」

イタズラを満喫したデデデは、満足そうに家具屋を出て行った。フームがそれを追う。
ショッピングモールの一階は奥まで回ってしまったので、二人は道を引き返していた。その途中でフームが高級ブランド店の前で足を止めた。
プレゼントの相手はかっちりとした大人なのだ、上質な衣類や装飾品を買うならこの店が一番良いことは頭ではわかっている。
だがショーウィンドウに掲げられたブランドロゴが、まだ若い少女にとっては威圧的に感じられた。
フームが躊躇していると、デデデがズカズカと上がり込んでしまう。

「ちょ、ちょっと私より先に歩かないでよ」
「ボディーガードなのに先兵を務めずにどうする」
「まだ入ると決めたわけじゃないし、プレゼントの予算だって多くないのに」
「出世払いにしてもらうが良いゾイ」

発言内容が滅茶苦茶なのに気後れせずに店に入っていくデデデの様子に、あらゆる意味で感心する。国家権力を握り、税金で豪遊する大人はやはり平民とは違うとフームは思った。実のところは財政難でアルバイトをしている身分なのだが。
高価そうなスーツに身を包んだ店員に、いらっしゃいませ、と出迎えられる。挨拶されてデデデは立ち止まる。お前が見たい商品を自分で見ろ、とフームに顎で促した。
店内では、衣服やジュエリーだけでなく腕時計や財布も取り扱っていた。だがプレゼントの相手は、手元が邪魔になるので腕時計を身に着けていないし、キラキラした宝石で着飾るような人柄でもなかった。
フームが迷っていると、デデデがショーケースに入った宝石をじろじろ見ながら言う。

「適当に指輪でも与えておけば喜ぶゾイ」
「ゆっ、指輪ぁ? 気が早すぎるわ!」

フームは、プレゼントの相手と自分は、特別な関係ではない、そんな恋人めいたことはできないという。

「ワシの経験則に基づいただけゾイ。それにまだ何も言っとらんゾイ」

デデデの癖に経験則なんて難しい言葉を使うとは、複雑な気分だ。フームは気を紛らわすために店内を歩き回った。
棚やマネキンを見て回る。ある棚の上では白い手袋と、ベージュの中折れ帽が飾られていた。紺色のレザーがアクセントになっている。どちらも実用的な品で、プレゼントの相手にも似合いそうだ。手に取って近くで見ようとする。
しかしフームは、値段を示す黒いプレートを見て触れるのをやめた。一年分の小遣い以上の額が記載されていたからだ。流石に手が出せないと、フームは棚から離れた。
別のマネキンが美しい赤紫色のマントを身に纏っているのを見て、こちらも選びたくなってしまったが、手袋の値段を思い出してやめた。
フームは店を出る。指輪のショーケースから離れたデデデも店を出る。

「ワインレッドは派手すぎたか」
「そういう問題じゃないのよ」
「あの色のマントならば、テレビやオーケストラにでも出演する時に着れば、ワシの次に目立てるゾイ」
「貴方と違って、そのヒトはコメディアンじゃないの」
「ダンシングキングゾイ」

エスカレーターに乗り、二階を目指す。
デデデの体がエスカレーターの一段をまるまる塞いでしまうので、急ぐヒトが左側を歩けなくなっていた。本人は気にせずエスカレーターから身を乗り出し、階下を見ている。
フームがショルダーベルトを引っ張り太った体を右側に寄せさせたところで、ヒトが通れるようになる隙間は生まれないので、彼女は諦め、手出しをしなかった。
このショッピングモールの二階には大型書店が入っている。エスカレーターを上がりきると、丁度その書店が見えた。

「平和になったんだから、時間の空いている日も増えたはず。本を渡したら、読んでくれるかもしれない」

年中暖かいプププランドにもあと数ヵ月も経てば肌寒い秋が来る、そんな夜長にでも本を読んでもらえたら嬉しい。フームはそう考え、書店を訪れた。
入ってすぐに目についたコーナーには、ベストセラー本がランキング順に並べられていた。その隣にはアクロ川賞を受賞した本が積まれている。
フームはそのうちの一冊を手に取って、中身を流し読みした。

「小説って読むのかな。読むとしても、恋愛小説より、SFとか推理ものとかの方が良いのかしら」

プレゼントの相手の好みのジャンルがわからないので、手当たり次第に本を探していく。過去の名作は既読の可能性が高いし、軍記などの歴史ものは皮肉にも取れるかもしれない。
フームは小説を選ぶことを諦めると、次に趣味の本のコーナーに入った。

「アウトドア、手芸、ペット、料理……。ええと、たとえば、料理本の人気作は、っと」

料理本のコーナーには、料理人兼料理評論家であるコックオオサカが書いた本が並べられていた。
大ベストセラーの『宇宙はるかな旅、はるかな味』、その隣には出版社を改めた『めちゃグルメ食材大百科』が陳列されている。

「『味のわからない連中でもわかる! コックオオサカの料理教室シリーズ』、ねぇ」

新しく刊行されたという初心者向けの料理本は部数が少なくなっている。それだけ彼の料理が美味しいと評判のようだ。前に、その手料理を食したことを思い出した。
同時に、プレゼントの相手の住む部屋についても思い出す。

「そういえばあの部屋にはキッチンがないのだった。厨房は事実上使えないし、料理本はダメね」

あの部屋の住人が毎日のようにコンビニ弁当を食べているのは、キッチンがないことと大きく関係しているだろう。大手を振って自分たちのためだけに料理を作るのは難しい環境に住んでいるのだ。
かといってコンビニ弁当を食べ続けるのは体に悪い。体力も筋力も付かない。
フームは、栄養バランスを考えて自分が手料理を用意すべきなのではないかと考え始める。

「でもそれってプレゼントなのかしら。毎日する行動は、特別な時に贈るプレゼントに成り得るのかなぁ」

フームがブツブツ呟きながら思案していると、立ち読みしていた客に、うるさいという目で睨まれる。気まずくなって、その場を離れる。そしてはじめて、自分の身を守るはずのボディーガードがいないことに気づいた。
少し目を離すとすぐに勝手に行動してしまうデデデに、フームはプンプンと怒った。探しに行く手間がかかるのだ。
手間暇をかけようとした時、天上に設置されたスピーカーからアナウンスが流れる。

「迷子のお知らせです。ププビレッジからお越しのフーム様、フーム様。お連れ様を迷子センターでお預かりしております。至急迷子センターまでお越しくださいませ」
「手間が省けたわよ、もう!」

アナウンスで呼び出されたフームは迷子センターに迷子を引き取りに行った。
到着した迷子センターでは、子供用のプレイルームで滑り台を滑っているデデデを見つけた。フームにとって過去最高に他人のフリをしたくなった瞬間だった。
しかしこれ以上係員に迷惑をかけるわけにはいかなかったので、大人しくデデデを引き取る。

「やっと来たか、迷子め。探したんだゾイ」
「私は迷子じゃない、貴方が勝手に迷子になったんでしょ」

係員に連れられてやってきたデデデは、優越感のある笑顔でフームを見下す。
フームは迷子は自分ではないと主張するが、すぐに発言を後悔した。マトモに取り合うだけ時間の無駄になる相手だと再認識したのだ。
デデデはドヤ顔で胸を張る。

「ワシの前に道はなく、ワシの通った跡が道になるだけゾイ。故にワシは迷子ではないゾイ」
「ポジティブシンキングってここまで拗らせられるのね」

デデデの底知れぬ尊大な態度に、フームは呆れてしまう。
一日アルバイトとはいえ一応は金銭のやり取りをする契約関係なのだから、常日頃の態度も軟化するだろうと思っていた期待を、打ち砕かれた瞬間だった。
デデデとフーム、大人と子供、迷子とお連れ様という奇妙な関係を目の当たりにして、引き攣った笑みを浮かべながた係員が二人を見送る。

暫く歩き、フームは大きな噴水の縁に腰かけた。それに倣うかのように、デデデが隣にドスンと座る。その衝撃でフームを含む周囲の人々と噴水の水が跳ねる。もっと丁寧に座るべきだと注意すべきなのだが、気力が残っていなかった。
デデデは書店での収穫を問う。

「結局、本屋でプレゼントは見つけたのかゾイ?」
「どんな本を買えば良いのかわからなかったわ。あ、絵本という選択肢は最初からないからね」

本を買えなかったと首を横に振るフームに、デデデは不思議そうな顔をした。

「今や大型書店は本を売るだけの店ではない。あれだけ広ければ文房具や雑貨というプレゼントもあったはずゾイ」

貴方が途中でいなくなったから探索を中断したのだ、と言い返したくなった。
だがデデデの言う、文房具や雑貨という他の選択肢には気づいていなかった。彼に指摘されるなんて悔しいが、事実なので認める。
フームは手に下げていたカゴバッグから、プレゼントの案を書いたメモとボールペンを取り出す。そのどれもに、あれもダメ、これもダメとボールペンで取り消し線を引いた。役に立たなくなったメモをくしゃくしゃに握り潰す。予め考えていた案は全滅してしまった。
ただの紙くずになったメモを、ポイ捨てするわけにもいかず、持ち帰るためにカゴバッグの中に入れ直す。
中を覗き、あれっ、と声を上げて手を止める。

「さ、財布がない!?」

バッグの中を漁り直して、財布が紛れていないか探す。しかし中身を全部取り出しても、入れ直しても、ひっくり返しても財布が見つからない。
メモとボールペンを取り出す際に、気づかぬ内にバッグのふたを開けっぱなしにして、掏られたのだろうか。
ICカードを入れたパスケースは無事だったので汽車に乗って帰国することはできるが、財布がなければプレゼントを買えない。なんとかして財布を探すしかない。

「それにスリはまだ近くにいるかもしれない。警備員さんやお巡りさんにお願いして、捜索に協力してもらわないと」

フームがカゴバッグのふたをしっかりと閉めて、噴水の縁から立ち上がった時、ぎゃあ、という悲鳴が聞こえた。声のする方に駆け寄る。
通行人が輪になって見ている先には、うつ伏せで倒れている若い男に馬乗りになり、ハンマーで何度も叩いているデデデだった。

「うぉらぁ! 財布を返せぇ!」
「いてえーっ! わ、わかったから、掏った財布は返す、許してくれよ」
「ワシに許しを請うても無意味ゾイ、雇い主がノーといえばそれはノーになるのだゾイ! おりゃっ!」
「ひえーっ!」

頭を殴られ続けている若い男は、助けてくれ、と手を伸ばす。その手に一撃をかますデデデは容赦がなかった。手を真っ赤に腫らした男をそのままに、デデデがこちらを向く。

「おお、フーム。掏られた財布は取り返してやったゾイ」

デデデは男が持っていた財布を奪うと、フームの手にポイッと投げた。桃色の地に緑色の三角模様が施された長財布だ。

「それで間違いないだろう、感謝せい」

フームは中身を確認する。紙幣と貨幣は、家を出る時と全く同じ額が入っていた。数枚のカードも無事だった。安心して財布のチャックを閉じ、カゴバッグにしまう。
男が、まだなんにも使ってませんよぅ、と呻く。デデデはその頭を黄色い足先で蹴とばした。ぐえっ、と醜い悲鳴を上げると、男は大人しくなった。気絶したようだ。
フームは盗人をほんの少しだけ可哀想に思いながら、デデデに礼を言う。

「財布を取り返してくれてありがとう。でもどうして私が財布を掏られたってわかったの?」
「蛇の道はアスファルトゾイ。まあ、手際も体力も逃げ足もエスカルゴン以下だったがな」
「盗人猛々しいわね」

チョコカプセルに入っているフィギュアを盗むために、ホッヘの家に不法侵入しようとしたデデデらしい返答だった。
デデデとフームが周囲を騒がせているうちに、ヒトの群れをかき分けて警官がやってきた。床ですっかり伸びてしまっている男と、ハンマーを右肩に担ぎ直したデデデを見て、感心しない態度を顕わにする。

「君、正当防衛にしてはやりすぎではないのかね。ちょっと署にまで来てもらおうか」

君呼ばわりされたデデデは、小悪党を成敗する極悪の独裁者を脅すとは何たることかと怒鳴ろうとした。
だがここが外国であるということとヒトの多さとに分が悪いと気づき、さっとその場を離れる。
フームは警官に、依頼主としてボディーガードの監督責任を問われた場合に何を答えれば良いのかを思案していた。
デデデは考え込みながら棒立ちしているフームを呼ぶ。

「これ、何やっとる! 奴に捕まったら面倒ゾイ、さっさと逃げるゾイ」
「で、でもちゃんと事情聴取を受けないと」
「こらーっ! 君たち、待ちなさい!」
「ああ、警察官現場指示違反になっちゃう」
「何をやっても許されるのが特権階級ゾイ」

罪の意識を覚えるフームは、足がもつれて上手く走れず、転びそうになる。
デデデはフームの片手をムリヤリ引っ張り上げると、俵を担ぐように左肩に乗せた。警官の伸ばした手を間一髪で避ける。突然の荷物扱いにフームは驚き、降ろして、と訴えるが、デデデは聞く耳を持たなかった。
そのまま全速力で走る。カービィと戦う魔獣の流れ弾を避けるために逃走することが多かったからか、足は早い。
フームは帽子を飛ばされないように、また顔を撮られてSNSで拡散されないように、隠れるように頭を両手で押さえた。

「どけゾーイ! 道を開けろーっ!」
「わっ」
「きゃあっ」
「キャイーン!」
「んぎぇっ! 痛いでゲス!」

デデデは、ショッピングを楽しむ客の群れを跳ね飛ばしていく。散歩している飼い主もイヌも跳ね飛ばす。
エスカレーターを三段飛ばしで駆け下り、そのまま一階のフロアを道路に向かって突っ切り、逃げ切ってしまった。
跳ね散らかした客の中に、エスカルゴンも轢いたことをデデデは気づかなかったようだ。
尻餅をついたエスカルゴンはよろよろと立ち上がる。

「あぁん、陛下ったらあんなに暴れちゃって。証拠隠滅させられる工作員の身にもなってほしいでゲス」

エスカルゴンは変装のために着ているグレーのジャケットの埃を払うと、タブレットを手に持ち直し、スパイホッパーにデデデを追尾するように命令した。
ところが、スパイホッパーのカメラ画面は真っ黒いままだった。
エスカルゴンは手元を離れているスパイホッパーを探しに、位置情報を元にショッピングモールを歩き回る。もし誰かに踏まれたりして故障していたら、番組を撮影できなくなってしまう。早く見つけて応急処置をしなければならない。

「うーん、位置としてはこの辺なんだけどなぁ。見つからないでゲス……って、あーっ!」

エスカルゴンの視線の先で、大きなイヌがスパイホッパーを咥えているのが見えた。店内で買い物をしている飼い主を待っているのか、店の前の柱にリードの先を括りつけられている。
機械に心はないのだが、エスカルゴンには我が子が悲しんでいるように錯覚した。
エスカルゴンはイヌに近寄って語りかける。

「ワ、ワンちゃん、それを返してほしいでゲスよ。私の大事なカメラなんでゲスぅ」

大型犬はエスカルゴンを見上げると鼻をひくひくさせた。歯を?み締めたようで、スパイホッパーのマイクからミシッと嫌な音が聞こえる。

「ひぇえ、飼い主さん早く帰ってきてぇ。このままじゃ私のかわいいかわいい監視カメラが壊れちまうよぉ」
「えっ、監視カメラ?」

エスカルゴンが振り返ると、両手にたくさんの買い袋を持った買い物客の親子が立っていた。
父親は大型犬のリードを柱から外すと、娘にペットを預ける。娘はイヌの口に手を持っていき、咥えている物体を吐き出させた。イヌの唾液塗れになったスパイホッパーを見て、娘は怪訝な顔をする。

「うわー、へんなおもちゃ! おじさんあやしー」
「あんた、まさかストーカー? この監視カメラで何する気だったの?」

父親はスパイホッパーをつまむとじろじろ観察し、エスカルゴンを睨む。
自分より身長の高い買い物客に絡まれて、思わずびくっと体を震わせたエスカルゴンは、慌てて言い訳を考えた。

「ち、違うでゲス。国営テレビ局の企画として、ある人物を追っているんでゲスよ。私はそのチャンネルDDDのカメラマンで……」
「チャンネルデブ? 知らないなぁ、ローカル番組?」
「そこは否定しないでゲス」

がっくりと肩を落とすエスカルゴンを見て、買い物客はそういえば、と呟く。

「さっきも変なおっさんが走り回っていたし、今日はいろいろおかしいなぁ。とにかくあんたも怪しいから警察に……」
「わぁあごめんなさい、本当にすみません! 後始末は私がどうにかするでゲスから、早く返してぇ!」
「あ、ちょっと」

エスカルゴンはぴょんとジャンプすると、背の高い買い物客の手から素早くスパイホッパーを奪って逃走する。飼い主に危害を加えたと思ったらしいイヌに、しっぽを噛みつかれそうになるが、ふにゅるんとすり抜けた。

「なんで何もしてないのに私まで陛下みたいな目に遭わなきゃならないんだ、今日はツイてないでゲス!」

悪態をつきながら走る。ショッピングモールの出口が見えたところで減速し、止まる。買い物客の父親と娘とイヌは、もう追ってこなかった。
エスカルゴンはスパイホッパーをやわらかい布で丁寧に磨くと、タブレットで動作を確認し、どこも故障していないことに安堵した。ジャケットのポケットにスパイホッパーを入れる。

「あーあ、陛下と一緒にいたら、ああいう脅しは少ないんだけどなぁ。私一人では、どうもナメられる」

デデデの部下として二人一組で行動している時は、声をかけられることなどないエスカルゴンは、なんとなく気分が落ち込んだ。軟体動物に対する差別な気がしてならない。
だがヒトより体も態度も大きくて威圧感だけは一丁前なデデデに比べて、自分が臆病で貧弱そうに見えるからかもしれない、とも思ってしまう。逆に言うとナメられそうにもないデデデだからこそ、ボディーガードが務まるのかもしれない。

「でも陛下が迷子になるとは驚いたでゲス。私というサンドバッグが一緒にいる時は、絶対離れないから迷子なんかになったことなかったのに。雇い主は殴れないんでゲしょうな」

サンドバッグが傍にいないとムシャクシャした時やつあたりできないもんね、と独り言を口にだすと、思わずハハハと乾いた笑いが漏れた。つくづく惨めだと思った。
エスカルゴンは自分のくたびれた両手を見ながら俯き、少し歩き続けたところで、あっ、と声を上げ、デデデとフームを追いかけるのを忘れていたことに気づいた。慌てて道を引き返し、デデデが逃げて行った方向へ走り出す。
だが横断歩道を渡った先には、デデデは既にいなかった。
見失ってしまったエスカルゴンは、デデデが近くにいないか、交差点を見渡す。余所見をしながら走り出した。
しかしすぐにヒトにぶつかってしまい、エスカルゴンは再び尻餅をついた。

「ぽえっ!」
「いてっ! おいおいおっさん、急いでるのはわかるけど、ちゃんと前見て歩けよな」

大丈夫か、と差し出された手を握り、立ち上がる。エスカルゴンは礼を言おうとしたが、礼より先に人名が口から飛び出る。

「ブン! カービィ!」
「ぽよよ、えすかるぽよ!」
「なんだ、エスカルゴンじゃん。どうしたんだよ、こんなところで」

ブンは、助けてやって損した、と言わんばかりに苦い顔をした。エスカルゴンは対照的に、ちょうどよかった、とブンの両手を握る。カービィは終始笑顔だった。

「ブン、陛下とフームを見なかったでゲスか」
「ぽよで、ふうむ?」

ブンは少し考えると、ニヤリと笑いながら答えた。
「ああ、デデデに担がれた姉ちゃんなら、そこの角を曲がったカフェでメシ食ってたぜ」


http://h1wkrb6.xxxxxxxx.jp/arain55/