臨也を困らせるスペシャルオコノミヤキ

   ・来神静雄←来神臨也+来神新羅
   ※因禁9で無料配布したものと全く同じものです。
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目鼻立ちが良いと、チヤホヤされることも自然と多かった。幼い頃では周りの大人から、中学生の頃では女子生徒から。そして今でも、やはり女子生徒からだった。それに加えて頭も良かったので、頼りにされることも多い。それは今日も。
三日後の提出までに考えるのを手伝って欲しいの。そう言った文化祭実行委員は、おねがい、と臨也に白紙を押し付けた。白紙にはなけなしのタイトルがゴシック体で印刷されていた。『三年一組 文化祭出店内容』。
折原臨也という問題児の一人を抱えさせられている三年一組は、今年の文化祭では模擬店を出すことになっていた。
しかし、単にやる気がないのか、それとも半年先のことだから実感が沸かないのか、クラスメートたちがのんきに構えていたせいで、肝心の提供料理のメニューが決まっておらず、提出期限が迫っていた。
臨也は文化祭が嫌いではない。むしろ好きな方だった。沢山の人々が、生徒だけでなく、校外からの来客、高校受験希望者、その保護者、女子生徒にナンパしようとする他校の男子生徒等々が来神高校に集まる日のひとつだからだ。押し付けられたこの紙で、何かできないだろうか。臨也は人間を愛するために、あるいは他の目的のために、白紙が持つ可能性に期待してみることにした。
とはいうものの、いくら自分の情報を使って何かしらできそうだとしても、模擬店のメニューを考えないわけにはいかなかった。
模擬店と聞いてパッと思い浮かぶものを、紙に書き出してみる。タコ焼き、フランクフルト、チュロス、カキ氷、ポップコーン……そういえばフランクフルトは別の学年が出すのだった。フランクフルトの文字の上から線を引いて、なかったことにする。ああ、ポップコーンも運動部のどこかが出すと言っていたな……ポップコーンもなかったことにする。それでは、焼き鳥はどうだろう。それも手間を惜しんだクラスたちが争奪戦を繰り広げるだけか……。
焼き鳥もなかったことにした臨也は、うーん、と唸る代わりに脚を組み変える。他の団体と被らない、且つ簡単でクラスメートが嫌がらないメニューを考えるのは意外と難しかった。
放課後になってまで臨也が教室に残っていることは珍しかった。既に外周を終えた野球部がグラウンドで素振りの練習を始めていた。部活動は順調に進んでいるらしかった。誰かさんが暴れて、妨害されてはいないようだ。
その誰かさんが、臨也以外に誰もいない教室の扉をガラリと開けた。

「ノミ蟲!」
「えっ、今日俺、君に何もしてないよ。まだ」
「まだってことはこれから何かするってことか? ああ?」

静雄は臨也に非があろうとなかろうと、必ず彼をノミ蟲呼ばわりをし、今日という今日は絶対に殺す、と毎日同じセリフを吐きながら臨也を睨みつける。勿論、臨也に非がない方が珍しいので当然の反応ではあるだろうが。しかし今日は本当に非がなかったので、臨也は、なにもしてないよー、と手をひらひらさせながら、余裕の笑みを浮かべて椅子に座ったままだ。静雄はその顔を見て額に青筋を浮かべながら臨也に怒鳴る。

「俺が補習から帰ってくるのを見計らって教室に居やがったんだろ?」
「補習? あー、この前の。ってそれって進級テストだよね?呼び出されたのに、よく学年上がれたねえ」
「学年上がれたから手前と同じクラスとかいうこの世の地獄を味わってるんじゃねえか」
「君がもーっとバカになって、もう一回二年生やってくれていればこんなことにならなかったんだよ」

本当の地獄を味わっているのは三年一組の担任だったことは見て見ぬふりをして、静雄は臨也の机を、提出書類ごと握ろうとする。その手にかかれば、静雄と臨也を同時に相手をしたおかげで三日で頭髪を寂しくさせた担任と同じように、惨めな姿になってしまうだろう。
臨也は静雄の手に刺さりもしないナイフを遠慮なく刺した。想像した通りに刃が折れた。

「あのね、君は俺を潰したいかもしれないし、そうしてくれてもいいんだけど……いや俺は死なないしその前に君を殺すけどね?……、でもこれは、俺たちとは関係ない文化祭実行委員が持ってきた提出書類なんだよ?それを潰す気なの?」
「う……」
「既に化け物だって避けられてロクな目に遭ってないのに、これ以上居心地を悪くしたくないだろ?」

静雄は実行委員には申し訳なく思ったのか、机からは手を引いた。しかしロクな目に遭っていないのは誰のせいだ、と臨也を再び睨むと語気を荒げる。

「去年の調理実習で目玉焼きすらマトモに作れなかった臨也くんが、模擬店のメニューを提案できるとは思えねえなあ」
「忘れっぽい単細胞のクセに、過去のことを引っ張り出すなんて卑怯だよ」
「卑怯なのは手前だろうが!」

静雄は臨也に掴みかかるが、臨也には軽々と避けられてしまう。臨也は教室の外、廊下に向かって逃げ出そうとするが、静雄はそれを逃がさない。臨也の使っていた机を手にかけて、軽々と持ち上げ……。
ビリッ。
嫌な音がした。あ、と臨也がマヌケっぽく口を開けた時には遅かった。





責任は取る。静雄が実行委員に頭を下げたのが昨日の話。静雄の力で、提出書類が机と共に木っ端微塵に破けてしまった翌日だった。
静雄は屋上にやってくるなり、昼食を取ろうとしている臨也に向かってタッパーを手渡した。

「ん」
「ん……って何なの。毒物?」
「食べ物を粗末にすんな」

臨也は雨が降らない限り、毎日屋上で新羅と共に昼食を取る。今年から新羅とは別のクラスになってしまったので、早めに授業が終わった臨也が一足先に屋上に来て彼を待っていた。今朝コンビニで買ってきたサンドイッチは未開封のまま、膝の上に置かれていた。臨也が学校に来る日は、そうして昼休みを過ごしていることなど追いかけっこを繰り返してきた静雄は丁度二年前の今日のような日から知っていた。
臨也は渋々タッパーを受け取る。輪ゴムの巻かれたタッパーにはご丁寧に割り箸がついている。中身は分からない。タッパーの青い蓋に遮られている。

「こんなもんでいいだろ」

静雄は本当に責任を取ってきたらしい。これを模擬店のメニューにするつもりのようだ。サンプルを作れとは誰も言っていないのに、律儀だった。対して臨也の頭の中の模擬店のメニューは、ふわふわとしたわたあめのように未だに定まっていなかった。
新羅が来るまでサンドイッチを食べる気がなかった臨也は、久しぶりに見た他人の手で作られた料理に興味を持ち始めていた。化け物の手によって作られた料理はどんな味がするのか、気になっていた。

「味を確かめなきゃ。俺の愛する人間たちから死者が出ても困るし」

一言多いセリフに静雄が怒る前に、臨也は割り箸を取ってタッパーに指を掛ける。蓋を引っ張れば、弁当には相応しくないお好み焼きが見えた。見た目についてはあまり褒められたものではない。ソースやマヨネーズが乱雑にかけられている。臨也の好む適量と、静雄の好む適量は天と地程の差があった。

「調味料かけすぎ。マイナスルート三点」
「ソースとマヨはケチャップと一緒にレジの横に置いて、客に好きなだけかけさせれば良いだろ」
「バカじゃないの。それだとそのためにレジが混みだすし、いくらあっても足りなくなるよ。小分けにされたパックをあげる方がマシ」

臨也はサンドイッチを床に置き、お好み焼きのタッパーを太腿の上に乗せると、そのまま新しく渡された白紙に要点を忘れずに書き込んでいく。その度にお好み焼きが太腿から落ちそうになって、静雄は少しだけハラハラとしていた。折角早起きをして作ってきたのに、引っくり返してもらっては困る。
見ていられなくなって、静雄は臨也から紙とボールペンを奪い取った。

「ちょっと、なにすんの」
「いいから食え。俺が書くから」

臨也はムスッとしながらも割り箸を割った。大体お好み焼きなんて庶民派な食べ物好きじゃないし、人の手で作られてない料理はきらいなの、化け物の手で作ったものなんてもっとだいっ嫌いなんだからね、などとほざいていたが、肝心のお好み焼きを口にすると、静かになった。
静雄はその反応を黙って見ていた。そして臨也が何も感想を告げないまま、二口、三口、とお好み焼きを口に運ぶのを見て、静雄は紙に材料を書き足していった。ボールペンによる、消えない文字で。
しかし臨也は、割り箸で四口目を切り分けたところで、タッパーの蓋を閉じてしまった。

「こんなの、こんなのダメに決まってるだろ。全然ダメ、絶対ダメ」

そう言って臨也はサンドイッチのパックを掴む。

「シズちゃんが作ったこんな食べ物なんて、みんなの口に合うわけない。合ってもらっちゃ困る。化け物の作った料理がみんなに認められるなんて許せない」

どんな理屈だよ、と静雄は呆れて物も言えなかった。

「化け物の手作りなんて、人間が食べるものじゃないんだよ。俺の愛する人間の口に入る前に、俺が阻止しないと」

臨也はサンドイッチのパックを番号通りに開き終わるが、肝心のサンドイッチにはまだ手をつけていなかった。
静雄はその態度を見て、ふーん、とそっけない返事をした。紙に『三年一組模擬店メニュー:お好み焼き』と記入してしまう。そして書き終わるなり、静雄は臨也が残したタッパーを拾い上げて、屋上を出て行ってしまった。
鉄扉が閉められ、臨也は屋上に一人取り残された。すっかり食べたくなくなったサンドイッチと向き合っていた。
暫くして、入れ替わるように新羅が屋上にやってきた。彼は右手で弁当を持ち、左手で頭にできたタンコブを抑えながら、臨也に、やあ、と軽い挨拶をした。

「珍しく静雄くんが怒ってなかったからさ、良いことあったのかい? 君がそんな顔してるなんて不気味すぎるから早く怒ってね、って言ったら殴られたよ」

タンコブで済んでよかったあ、という新羅は臨也の隣に腰を下ろすなり、鼻歌を歌いながら同居人が作った弁当の袋を開け始めた。そして視線は弁当から外さずに、サンドイッチをパックを取り出したままの臨也に尋ねる。

「おいしかったのに、どうしてやらかしちゃったんだい?」

化け物が作った料理を、人間たちに渡したくなかった。気に入らなかった。臨也は呟くように答える。

「じゃあ僕と一緒に、特殊な香辛料でも配合して入れた、複雑なカレーでも作ってみる?」
「アーモンド臭がしそう」

僕には即答できるのにねえ、と新羅は笑いながら唐揚げを口に運んだ。唐揚げはやっぱり塩と砂糖を間違えて作られていたらしく、新羅は甘ったるい顔をしながら同居人のエプロン姿を思い浮かべていた。そして屋上に微かに残るソースとマヨネーズの匂いを嗅ぎながら、臨也の答えを促す。

「じゃ、あのメニューで決まりなんじゃないの」
「だってムカつくんだよ。シズちゃんのクセに、みんなに料理を振舞おうだなんて」
「悪態は褒め言葉ほどに物を言う、ってことかな」
「そのメガネ叩き割られたいんだ」
「嫌だね」

臨也は荷物を片付けて立ち上がると、砂糖と塩が間違っている卵焼きを食べて、しょっぱい顔をするかと思いきや、懲りずに甘ったるい顔をする新羅の足を蹴った。新羅は本日二度目の、自分で蒔いた種によって体を痛めつけられることになった。

「早く静雄くんを止めにいった方がいいと思うよ。彼、紙を持っていたし。もう遅いだろうけど」

臨也には新羅に付き合っている暇はなくなっていた。静雄から書類を奪って、お好み焼きを出し物にさせないようにしなければ。半年後に化け物の料理が人間たちの口に入ってしまう。

「うまくいくといいね」

新羅は屋上を飛び出していった臨也の後姿に手を振った。屋上に入れ替わるように取り残された新羅は、ニヤニヤしながら、ベーコンのアスパラガス巻きを食べる。三度目の正直か、今度は味付けが整っていた。新羅に文句はない。ベーコンとアスパラガスが逆になっていることを除けば。

「おいしい! セルティ、カニ玉並みにおいしいよ!」

新羅は愛しい首なし妖精に想いを馳せて、甘ったるい顔をする。既に静雄を追いかけに行った臨也のことなど頭になかった。想像したところで、その紙返してよ、シズちゃんのごはんなんてマズいんだから、と顔を赤くしながら天邪鬼に言うに決まっているのだから。





   因禁9ペーパー。新刊出せずに申し訳ないです…途中で原稿データ吹っ飛んだのが悪い(責任転嫁)。
   春らしく、文化祭準備のおはなしでした。文化祭準備ってだいたいこの時期からはじまりますよね、少しずつ。
   デュラカフェのメニューをみてタイトルとネタを思いつきました。カフェ様様です。
   料理が上手な臨也もいいけど、下手な臨也もかわいいですよね!でもツンデレなのには変わりは無い。

   2015.05.30
   http://h1wkrb6.xxxxxxxx.jp/