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今日、花嫁を殺します。

   ・『今日、花嫁を殺します。』 後編(全2編)。
   ・R-18。性描写有り。
   ・静雄×臨也。
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     【4】

「人は愛する人を殺す時に、絞殺という手段を選ぶことが多いんだよ」

臨也は掠れた声で言った。その日の晩の話だった。

「シズちゃんは今、未遂に終わったから、俺のことを本気で愛してなんて無かったんだね」
「手前ら人間の、そのクソみてえな定義が俺に当てはまるのならな」

外は雨だ。蝋燭から発せられる炎は暖かいけれども、それでもまだ足りなかったから、影製マフラーを二人で巻いた。おしくらまんじゅうをしているみたいに寄り添って、焔を見た。

「俺、本当は分かってたよ。シズちゃんが俺を殺せるわけなんてないってさ」

それは、俺自身も危惧していたことだった。どんなにこいつが頼んできても、こればかりは願いを聞いてやれないかもしれないということ。そしてその予想は現実となった。臨也は、こうなる結末を知っていて、俺にこんなことをさせたのだろうか。

「何処かで、シズちゃんが何とかしてくれると思ってたんだろうね。その推測は半ば当たったよ。君はこうして俺を何とかしようとしてくれた。それが、たまたま俺の願いを満たせなかっただけ」

愛が足りないと言うのだろうか。そうであるなら、俺とノミ蟲の愛の定義とは大分違ったものになるだろう。そしてノミ蟲の規範に従う程、俺は従順ではない。

「それは、俺のせいにしてえのか」
「とんでもない」

ノミ蟲は、いつも通りのへらへらした笑顔に不安を混じらせながら、もう羞恥心なんて何処にもなさそうにして、言ってのけた。

「だって、愛してるのは確かなんでしょう?」

純真な瞳が此方を射ていた。ああ、俺は一つだけ得をした。こいつのこんな顔を見れて、ここに来れて良かった。もう全てを投げ出して、二人だけになって、その先に見えた死を目前にして、足掻くことなんてできないのだ。同時に、死に行く者に咎めなど誰もしないのだ。全身全霊で愛してやっても、誰も怒らない。モラルなど、このちっぽけな廃屋の下には通用しない。
臨也の唇に噛み付いた。唇はすんなり開いて、彼の舌を舐めて吸う。彼自身も俺の舌に絡めてきたし、俺が如何にこいつを愛しているかを身を以て知る覚悟があった。口を離してやると臨也は案の定、余裕無く赤面している。その心をつつく。

「教えてやらなきゃ分からないんだろ」

だから続けてよ。って、何だ、知ってるんじゃないか。忘れられても困るけれど。シャツを捲り、白くて滑らかな肌に舌を這わす。んっ、と小さく声を上げられる。そのまま胸を舐めてやれば大袈裟な程に体を震わせた。と、ここまでは衝動だったが、これ以上このまま進むと汚れてしまうので、互いに服を脱ぐ。薄暗く、雨音に囲まれる中で微かに聞こえる布擦れの音が扇情的だった。今までなら絶対に意識しなかった、こんな小さな物音に興奮せざるを得なくなるなんて、人は、機械に蝕まれているのかもしれない。俺には未だに人類愛は理解できないが、もう文明を味わえない以上、原始に包まれるのには、とても蠱惑的であった。

まだ、もたもたと脱いでいる臨也が焦れったい。

「いいよ、自分でやるから」

手伝ってやろうかと申し出たら断られてしまった。蝋燭に服が引火しないように気をつけて服を畳むのを見て、なんて人間臭いんだと思った。普段は散らかしっぱなしなのに、どうして今だけそうするのだろう。

「ふ、腹上死したら恥ずかしいじゃないか」
「真っ裸で殺してやろうか」
「もう池袋帰る」

聞けば、俺以外に殺されたいという。何のための逃避行だったんだ。意見がコロコロ変わるところは、昔からちっとも変わらない。たぶん飽きっぽいのだろう。
筵に横たわらせる。なんだか背中がチクチクする、というので、遠慮無く乳首を舐めてやった。ひゃっ、と声を上げて身を捩る。最初からこんな反応じゃ、床を気にする余裕なんてすぐに無くなるだろう。そういえば、最後に会ったのが半年前なのだから、それまでお預けを食らっていたと考えると、この初々しくも感じられる反応は正しいのかもしれない。早くも反応を示した性器がそれを物語っていた。手で扱いてやりながら舌はそのまま、同じところを攻め立てて、時々首筋に痕を付ける。

「や、やだ、でちゃう」
「出せよ」

爪を立ててやれば、高く啼き、体を跳ねさせながら射精する。俺の手の中に収まり切らない量の白濁が、臨也の腹の上にどろどろと広がった。俺の知らないところで息つく暇も無く逃げ回っていたのだから当然だろう。既にあんまり呼吸を荒立てるので、正直この後を行うべきかどうか迷ってしまった。

「いいよ、続けて。最後までして」

無理しているんだろうなと感じられざるを得なかった。しかし臨也は、腰が引けてしまう俺の首に腕を回して、逃げないで、と言った。今の俺には痛い言葉だった。それは、この行為からか。殺すことからか。
臨也の腹部に溜まった精液を掬い、狭い穴に指を増やし慣らしていく。一緒に暮らしていた時は時間をかけなくてもすんなりできたのに、今はそうではないのだと知って時の重みを感じる。いや、逆を言えば、それまでこいつは誰の手でも暴けなかったということだ。もし俺の目の届かないところで乱暴されていたとしたら、臨也はきっとこんな所まで俺と一緒に居たがらないだろう。汚れてるから、なんてそれこそ女々しく、俺の前から逃げ出すだろう。そうならなくて本当に良かった。
安堵の溜息を付くと、臨也は何を勘違いしたか、不安そうに此方の顔色を伺ってきた。こいつのことだから、俺に嫌われたんじゃないか、とか要らない心配をしているのだろう。

「余計なこと考えるな。手前が考えてることの九割九分は、たぶんハズレだ」
「それでも」

本当に馬鹿だ。俺よりも頭が良いくせに、こんなところだけ子供じみても仕方が無いのにな。頬を撫でて触れるだけのキスをしてやる。途端に臨也は顔を手で覆った。

「挿れるぞ、ナキ蟲」

せめて今だけは泣き言なんて言わなくて済むようにしてやりたかった。一気に奥までねじ込む。手で隠しきれなかった口元から嬌声が飛び出る。何処か懐かしいなと、遠い昔を思い出した。付き合い始めの頃、十分に慣らす前に突っ込んでしまったことがあった。その時もこんな風に顔を覆って泣かれた。あの時は、その後に引っ叩かれたからただ単に痛かったのだろうけれど、きっと今日のは違う痛みなのだろうな。
やはり、泣き言を忘れさせてやりたいなど、できない相談だった。俺自身が快楽に溺れられない。何のための行為なんだろうか。何も楽しくないなら、ただ臨也を痛めつけるだけじゃないか。もう、やめたい……俺も随分ワガママだ。
是と否とが混濁しながら腰を振った。がくがく揺れる臨也の目尻から、やっぱり涙が落ちるのを見て、セックスなんかじゃ予定された未来を忘れるなんて、ひと時もできやしなかった。
それでも臨也は甲高い声で啼いてはまた出していたし、俺も胎内に精を吐いたあたり、俺たちは馬鹿なんだろう。彼が腹に手を当てて余韻に浸っているのが苦しい。
有難うなんて言われる立場はねえよ、臨也。





     【5】

夢を見た。俺が、どんな攻撃を受けても死なない夢。周りの人々が死んでしまうくらい長い時が経っても生きたままで、勿論臨也が死んでも俺は歳も取らないで、決して死ねない夢だ。

「夢で見た光景って、前世とか、冥界とか、並行世界の自分の記憶らしいよ」
「そんなことあってたまるかよ」
「長生きしたくないの」
「手前は俺を殺すんだろ」
「いいや、君の勝ちだよ」

臨也の体が朽ちかけている。骨の一本一本が皮膚の向こうに透けて見える。痩せ細り、筋肉も減って、殆ど一人では動けなかった。ロクな食べ物も得られず、明日の見えない生活を送ったせいで消耗しているのだ。なけなしの缶詰でも、俺の分を減らして多く食べさせている筈なのに体力は一向に回復しない。人間とは、弱い生き物だ。こんなに早く、簡単に衰退してしまう。この小屋に住んで、一ヶ月が経っていた。
そんな顔しないで、と骨と皮だけになった指先が俺の頬に触れる。どうして俺という化け物はこんなに丈夫なのだろう。俺の肉を削いで食べさせたら、臨也は回復しないだろうか。そんなトチ狂った可能性にでも掛けてしまいたくなる。でも、駄目だ。俺の肉を裂けるだけの兵器が見つからない。

「シズちゃん」
「何だ」
「お外、行っておいで。塞ぎ込んだままじゃ良くないよ」

臨也は、俺の前ではやたらとベラベラ喋る。猫のように心配させまいと気丈に振る舞う。俺が居ない方が体を休められるのだろう。できる限り傍についていてやりたいが、本人の為だ。黙って倉庫を出る。

十一月の昼は、まだ明るい。ここに来た時よりずっと和らいだ陽光が気持ちが良い。
前にも、この砂浜に臨也を連れ出してみたことがあった。日焼け止め塗ってないから、とコートのフードを被ったまま、ズボンを捲って裸足で浅瀬を歩いていた。冷たくて気持ちが良い、と聞いて俺も波打ち際に足を浸したら、急に後ろから突き飛ばされて海に倒れこんだ。一回シメてやろうと追いかけるが、逃げ足だけが取り柄の臨也に勝てるわけがなかった。完敗だった。
如何にもカップルじみた遊びを満喫していた時期が懐かしい。俺は海水に触れてみた。当然のように冷たい。来月は更に厳しくなるだろう。気候のようすを考えると、ここは日本海側の地域だ。雪が降るかもしれない。臨也は、きっと耐えられない。
臨也を何度も殺そうとした。絞首だけではない。古来の伝統に習って、貫肉させようとも思った。この海に沈めたこともあった。けれども、最後はやっぱり助けてしまった。出来るだけ楽に死なせてやりたい、綺麗な体に傷を付けたくない、もっと良い方法がある筈だ、そうしてずるずると、彼を殺すのを先延ばしにしてしまった。
かつてはあんなに殺したかったのに、今は人が違ったように、まるでできない。臨也にどれだけ絆されてしまったのだろう。共に過ごせば過ごす程、守りたくなった。
臨也を失いたくない。もっと一緒に居たい。その為なら何でもできるだろう。しかし、時は無情にも臨也を蝕んでいった。彼は普通の人間だ。化け物の俺とは違う。気候には敏感だし、身体も脆い。俺が殺しを渋ったせいで、急速に衰弱していく臨也に、満足な時間は残されていなかった。俺が、早く覚悟を決めて臨也を殺さなければ、臨也は時に殺される。願いを叶えられない俺に失望して、何時襲われるか分からない不安を抱いたまま死ぬのだ。
薬指に指輪を嵌めてやったことがあった。勿論、到底臨也には敵わないが、半年分の収入を貯めて贈った物だった。式こそ挙げていないが、彼は確かに、「好き合えば幸せになれるのは当たり前、苦労を乗り越えるのも当たり前。でも殺されても良いと思えるのは君だけだよ」と嬉し泣いたのだ。嘘つきノミ蟲の数少ない本心だった。
迷っている暇は無かった。森が立ち枯れて海が荒ぶる前に、臨也をこの手で幸せにしなければ。最期まで微笑んで逝かせてやらなければ。そして、それを看取ってから俺も追いかけたい。臨也の居ない世界なんて、夢の中だけで十分だ。
今日、俺は臨也を殺す。その首を締め上げる。
そして俺も死んでやる。





     【6】

小屋に戻ると、臨也が上体を起こしていた。おかえり。
俺は、一歩一歩ゆっくりと近寄って、向き合うようにして座る。

「どうしたの」

最期は、一瞬だけ。本気を出せば、骨だって折ってやれる。答えて不安を煽る必要は一切ない。いつも通り抱きしめて、小さな頭を抱えて、そこに力を込めるだけだ。臨也は何も知らずに死ねる。

「昔のことを思い出してた」
「俺もだよ」
「そうか」

何かもっと、良いことでも言ってやれたらよかったのだが。こんな時に口下手なのは本当にツイていない。だが変にしどろもどろになるよりはマシだと思うので黙っていることにした。
あとは、抱きしめるだけだ。

「シズちゃん」

そこで名を呼ばれた。臨也の最期の言葉を、よく聞いた。掠れて、玲瓏さなど無くなっているのに、その声は俺の耳にはとても美しかった。

「ぎゅっ、てして?」

言われなくても、してやるよ。可愛い願いで良かった。最期まで俺の前では甘えてくれて良かった。全て杞憂だったのだ。俺を疑う必要など、何もないと。小生意気な癖に純真で、人類愛を述べては寂しがる、そんな臨也だけが、最初から最期まで俺と一緒だったんだ。他には何もいらないだろう。だから、幸せなまま、死んでくれ。
臨也の骨ばかりで固くなった背と、頭に手を回した。臨也も俺の背に両手を添えた。そしてゆっくり引き寄せてやる。
これで終わりだ。
さよなら臨也。
その臨也が、血を吐いた。
俺は驚いて臨也の身体を離す。左胸が、真っ赤に濡れている。ファーコートが不自然に盛り上がっている。俺はコートを捲った。
ナイフが、刺さっている。

「臨也……?」

俺は暫く呆然と臨也の様子を見ていた。深く刺さったナイフは斜めに肩の肉を割って、上方の背に突き抜けている。
臨也は、俺が抱きしめて首を締めることを予測して、コートの内側にナイフを仕込んでいたのだと気付くまでたっぷり時間を要した。
倉庫の壁と床の筵に血が噴出して、水溜りを作っていく。臨也は前に倒れこんだかと思うと、今度こそ本当に俺たちは抱き合う形になった。

「しずちゃんは、やさしいから、殺せないでしょ」

喋っても喋らなくても結末は同じなのだと、臨也は悟っていた。俺が言葉に出せない代わりに喋り続ける。

「ごめんねしずちゃん、殺してあげられなくて」

でも、このままでいて。俺の願いを叶えなくていいから。おあいこだから。
臨也が、いつか絶対に殺してあげるよ、と言っていたのを思い出した。ああ、そうか、こいつは俺と一緒で居たかったんだ。俺と対等でいることを望んでいたんだ。今更理解しても遅いのに、臨也からその魂を全て吸い取るように、シャツに広がる血と共に、俺は彼の全てを噛み砕いて飲んでいく。
その時、その心の中に涙を見た。約束という未練……。

「しずちゃん」

臨也がキスを強請った。最期の願い通り、血塗れの紅い唇に俺の舌を入れた。噎せ返るような鉄の舌が、のろのろと俺の口内を舐め回す。臨也は愛おしげに俺の唾液を飲み込んだ。
俺は、その舌を噛み切った。
逆流するように双方の喉に血が流れ込む。臨也は目を見開いて、ゆっくり俺に焦点を合わせると微笑んで、そして力を失った。がくん、と身体が後方にしな垂れた。
臨也は自らを殺したのではない。
俺が、この手で臨也を殺したのだ。
その事実が腕の中に収まっている。
俺が、臨也の最期を、本当の願いを叶えた瞬間であった。





猫の死骸を背負う人間程、稀有な存在も居ないだろう。けれど俺は化け物だ。二百七十一万の人間の定義には当てはまらない。
心中に失敗した罪人は凱旋する。
深夜、池袋、その身体に無数の凶器を突き付けられながら立っている。二百七十一万が死すべきとした花嫁の屍を抱えて立っている。
今度の断頭は俺だけで良い。
誰でも良い。早く殺してくれ。殺せるのならば。

突如、現れる黒い騎士。彼女は、かの罪人に血の洗礼を施した。
お前の死を約束しよう。






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   因禁6のボツ原稿でした。
   今時の日本にこんな森とか廃墟とかあるのかと聞かれると、ぐぬぬです。
   舌って二人でキスして噛み切れるのでしょうか。謎です。ぐぬぬです。でも良いのです。ホモはファンタジー。
   ちなみに、臨也が追われた理由は、眠っている四木さんの顔にマジックでラクガキしたからです。
   

   2013.11.09
   http://h1wkrb6.xxxxxxxx.jp/